対等ではない関係性は、やがて疲弊してしまいます。対等であるとは、相手を尊重することであり、それは自分自身を愛することから生まれるものです。
最近、セキレイをよく見かけます。七十二候の「鶺鴒鳴(せきれいなく)」は白露の第二候で、秋のころの時候をですが、この時期に見かけるのは、暖かくなってきたからでしょうか。
時候は「立春」を過ぎ、「雨水」に入りました。 降る雪が雨に変わり、雪解けがはじまる時期とされます。 山の雪も解け始めて平地を潤すことから、農耕をはじめる時期でもありますね。 この「雨水」の時候の名は、私は好きなんですよね。 なんと言うんでしょ…
身体を動かすようになって、ずいぶんと経った気がします。歳を重ねるごとに身体が重くなり、健康診断で「このままだとまずいよ」と怒られて、ようやく「歩く」ことから始めました。なんでしょうね、歩くってやっぱり、人間にとってすごく基本的なことで、大…
他人との関係性を考えるとき、どうしても相手が主語になってしまいがちです。けれども、まずは自分自身が安心してこそ、相手との関係性を築いていけるのです。
自分を愛することができて、それで満たされたら、他人なんて要らなくなるのでは?と思われるかもしれません。そうではなくて、むしろそこからがスタートなのです。
欲しい愛を自分の外側に求めても、なかなか満たされません。まずは、自分自身がその愛を与えることからはじまります。