大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

やさしい心理学

名曲"Let It Be."に学ぶ、「無価値感」の癒し方。

「無価値感」とは、自分には愛される価値などない、という感情のことです。それは私たちの根源的な怖れでもあるのですが、ここから抜け出すのは、やはり自分をそのままに受け入れることが重要です。かの名曲と絡めて、それをお伝えします。

「親密感」の怖れを乗り越えるためには、怖いままに「親密さ」を保つこと。

人と親密になることは、大きな癒しをもたらします。しかし、それだけに怖いものです。そうした「親密感」の心理と、その怖れの緩め方について、お伝えします。

過去の傷や痛みが、いまの人間関係に影響を与えるが、それは「幸せへの伸びしろ」である。

過去のできごとで感じた痛みや傷が、いまの人間関係に影響をおよぼすことがあります。それは見方を変えれば、これから癒すことのできる部分であり、それゆえに「幸せへの伸びしろ」でもあるのでしょう。

「自立」することで古い傷や痛みを隠していると、大切な人を傷つけてしまう。

「自立」は傷や痛みを隠すことはできますが、それを癒すことはできません。それが癒されないままだと、まわりの人を傷つけることになったりします。「依存」時代の痛みや傷と向き合う恩恵を、お伝えします。

「ファンタジー」と「ビジョン」は違うけれど、その違いは動いてみることでしか分からない。

「ファンタジー」と「ビジョン」とは、正反対の性質を持つ心理ですが、その違いはなかなか自分で判別することは難しいことがあります。それを区別しようとするよりも、まずは「動いてみる」ことが大切なようです。

関係性が停滞しているように感じるとき、「与える」ことに意識を向けると、その状態を抜けだしやすくなる。

何かが停滞しているように感じるとき、「与える」ことに意識を向けると、その状態を抜けだしやすくなります。「いまの自分には何が与えらえるだろう」と考えることは、とてもクリエイティブな問いであり、自分らしさに立ち戻らせてくれます。

誰もが望んだわけでもないのに、この世に生を受けるけれど、生とは義務でも権利でもなく、贈り物である。

「コミットメント」とは、覚悟、腹をくくる、決心するといった意味があります。それは、ある特定の問題や相手に対して、立ち現れるものですが、突き詰めていくと、自分自身の生をどう扱うか、という態度が問われるようです。

目の前のできごとに感じる「痛み」は、もっと古い痛みを癒すために浮き上がってくるもの。

いま現在の人間関係のなかで、何らかの痛みを感じるとき。それは、私たちの「古い痛み」が影響している場合があります。それは厄介なことですが、その「古い痛み」を癒せるからこそ、浮かび上がってきたのかもしれません。

「リーダーシップ」の資質は、パートナーに大きな恩恵を与え、それはめぐりめぐって自分自身に還ってくる。

「リーダーシップ」の資質について、詳しく見ていきます。その資質は、パートナーに大きな恩恵を与えてくれますが、その恩恵はやがて自分自身に還ってくるものです。

自己否定と自分への過剰な期待がつくる「完璧主義」の苦しさを、ゆるめるために。

自己否定からくる自分への過剰な「期待」は、完璧主義と結びつきます。それをゆるめるためには、やはり深呼吸と休息、そして自分自身への生の信頼が必要なようです。

「絶望」の正体とは「愛せない痛み」であり、それは愛したい想いがあるゆえに抱くもの。

「絶望」とは、過去の喪失や失敗、恥辱や挫折が、「絶望」を引き起こすのではありません。そのできごとで傷ついたゆえに、誰かを信頼できない、大切な人を愛せないから、人は「絶望」します。けれどもそれは、信頼したい、愛したいという想いがあるがゆえに…

「デッドゾーン」のすぐそばに、「誕生」もまた在る。

自分で何でもやろうとする「自立」が過ぎると、「デッドゾーン」におちいったりします。しかしそこは、「誕生」と最も近い場所であったりするようです。

「役割」を演じるのはしんどいが、それは愛する人のために身に着けたものでもある。

「役割」を演じることは、自分の無価値観を隠してくれますが、そのかわりに生のみずみずしさを奪ってしまいます。そんな「役割」の心理にある、根っこの部分を考えてみます。

人生最大の悲劇と、そこからの再生のプロセスについて。

私たちが強い痛みを感じるできごとには、大きな意味があります。なぜ、そこに痛みを感じるのかを考えていくと、そこにはどうしても自分が叶えたかったヴィジョンと、才能が見えてきます。

なぜ「不満」を溜め込んでしまうのかと、その「不満」の解消のしかたについて。

「不満」を溜め込んでいると、その相手との関係が悪化していきます。なぜ、溜め込んでしまうのかという心理についてと、その「不満」を解消する方法について、考えてみます。

自分自身をどう扱っているかが、他人との関係に反映される。

他人との関係は、自分自身との関係の反映。そんなテーマを、「投影」の心理からお伝えします。

「依存」の苦しさは、過去を裁くことから抱く「罪悪感」からやってくる。

「依存」の苦しさは、満たされなかった過去を裁き、責めることから抱く「罪悪感」が原因の一つです。「こうあるべきだった」という過去への判断を手放すことは、その「罪悪感」から自分自身を解放してくれるようです。

「犠牲」の心理が生む「幸せになることへの怖れ」と、そのゆるめ方。

人は、不幸になるよりも、幸せになることを怖れます。それは、幸せになったら、もっと大きな犠牲を払わなくてはならない、という観念と密接に絡んでいるようです。しかし、自分が楽しむこと、そして愛を受けとることが、その怖れをゆるめてくれます。

「選択」のためには、何を選ぶかよりも、何かを選ばないことの方が大切かもしれない。

「選ぶことができる」という意識は、私たちの生に主体性を与えてくれます。しかし、何かを選ぶためには、何かを選ばないことが大切になります。そんな「選択」の心理について、お伝えします。

「信頼」とは、その相手をまるごと受け入れることのできる、偉大な力。

「信頼」とは、その対象や相手の価値や魅力、可能性を見る、愛する行為の一つです。「信頼」を持っていると、起こっている結果に一喜一憂することなく、それをプロセスの一部として受け入れることができるようになります。

「被害者」の心理に陥るときは、自分の人生を生き始めるスタート地点。

「依存」の時代に特徴的な心理として、「被害者」の心理があります。それは自分の幸せを遠ざけてしまうものですが、自分の人生を生き始めるスタート地点と見ることもできます。

いま、この瞬間だけは、大丈夫なんだ。

過去を悔い、未来を憂うとき、私たちの意識は怖れと痛みにとらわれます。けれども、「いま、この瞬間」だけは、何も起こっていません。私は息を吸い、そして吐いている。そのことは、私たちに絶対的な安心感を与えてくれるようです。

はじまりと終わりは、同じ音。

何かを失くしたと感じるとき、人は悲しみや痛み、苦しみを覚えます。しかしそうした「喪失」と、新しい誕生やはじまりは、同じ場所にあるようです。

「失望」とは、真実のビジョンを教えてくれる、人生の羅針盤。

何らかの期待が裏切られたときに、私たちは「失望」します。しかし「失望」とは、その「期待」したものが、自分自身の真実のビジョンではない、ということを教えてくる、人生の羅針盤です。

「罪悪感」は人を過去に縛りつけるから、「そのできごとから何を学ぶのか」という視点が有効。

自分のなかに「罪悪感」があると、自分を責めたりするばかりで、意識が過去に縛りつけられます。そうすると、身動きができなくなり、いまを生きることができなくなります。それを緩めるためには、「そのできごとから、何を学ぶのか」という視点が大切なよう…

傷はやさしさに変えることができる。

傷は、やさしさに変えることができる。懐かしい海援隊の「贈る言葉」にも同じようなフレーズが出てきますが、私の大好きな言葉です。

「役割」がもたらすハードワークと、その根底にある感情について。

自分がどれだけすばらしい人間かを証明するために、ハードワークに陥ることがあります。ハードワーク自体が悪いことではありませんが、それがしんどいのであれば、そうした「役割」をもたらす感情と向き合ってみることをおすすめします。

心が閉じて固くなってしまうときは、過去の痛みを癒すためのタイミング。

怖れを感じると、私たちの身体は「きゅっ」と固くなります。それは心も同じようですが、固くなるほどに、かえって大きなケガをしてしまうこともあります。そういったときは、実は何かを癒すタイミングを教えてくれるようです。

「執着」がもたらす心の動きと、それを手放していくと訪れる苦しさについて。

何かに「執着」していると苦しいものですが、ある意味ではラクだったりもします。「執着」を手放していくと、別の苦しさが出てきたりもします。そんな「執着」のもたらす心の動きについて、お伝えします。

自立的な人ほど、忘れられない過去の誰かにしがみついたまま、それを隠している。

自立的な人ほど、実は過去の誰かにずっとしがみついています。それは、失恋などの痛みや悲しみもそうですし、その反対に喜びに執着することもあります。