大嵜 直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー見習い。

親子関係・望郷

笠松を歩く。 〜桜の下、赤い電車が今日も走る

名鉄名古屋駅も、ずいぶんと綺麗になったものだと思う。 通学に使っていた20年以上前は、もっと薄暗くてアンダーグラウンドな雰囲気があったように思う。 ホームが地下にあるのも、その印象を強くしているのかもしれない。 快速特急・岐阜行に乗ると、電車は…

球春の到来、つながれる父の愛。

今年もプロ野球が開幕した。 まだ入場者数の上限に制限がかかっているとはいえ、今年も球春が訪れたことに感謝したい。 去年は、コロナ禍の中、6月に無観客での開幕だった。 世相騒がしい中、我らが中日ドラゴンズは序盤戦こそ苦しんだものの、終盤にかけて…

寂しさ、あるいは罪悪感で故人とつながろうとすること。

母を亡くしてから、ちょうど18年が経つ。 18年前のあの日、どんな空が広がっていたのか、もう思い出すこともできない。 ただ、その日、その事実を知った日から、寂しい、あるいは悲しいという感情を断ち、まるで母も父もいなかったかのように振る舞った。 そ…

近い存在ほど、自分の中にない選択肢を示してくれる。

「きめつのマンガがほしい」 そう言い出したのは、息子だった。 例の大ヒットアニメを熱心に見だしたあたりから、そうなるだろうなと想像していたが、読みたい本があるのは、喜ばしいことだ。 わたしも息子くらいのころは、てんとう虫コミックの「ドラえもん…

言えることは、癒えること。

やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。 世の中に在る人、事、業、、繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものに付けて、言ひい出せるなり。 花になく鶯(うぐひす)、水にすむ蛙(かわづ)の声をきけば、生きとし生け…

ヒーローインタビュー。

野球が好きだった、少年時代。 父にナゴヤ球場に連れて行ってもらうのが、何よりの楽しみだった。 いつもお決まりの、ライトスタンド。 内野のいい席のチケットがあっても、外野席で応援するのが常だった。 せっかくのいい席なのに、と渋る父の袖を引っ張り…

乙女の祈りに。

娘と息子が来年から学校で使う「リコーダー」と「水彩用具セット」が、届いたようだ。 新しいおもちゃが手に入ると嬉しいのは、いつの時代の子どもも同じようだ。 それらを開封して広げて、興奮していた。 リコーダーを見よう見まねで吹いてみたりもしていた…

足元を見つめながら。

息子と娘が小学校の授業で、いろんな小物を使って工作をするらしい。 小学生のころ、図画工作が苦手だった私にとっては、工作と聞くと遠くを眺めてしまう。 ペットボトルのキャップ、お菓子の空箱、小石、紐、ボタン…工作に使えそうな小物を集めないといけな…

福はうち、鬼も、うち。

今日は節分、冬と春の境目。 家の外から家の内へ。 敷居を跨ぐときの、その敷居。 そんな存在が、節分なのかもしれない。 今年は124年ぶりに、2月2日が節分にあたるとのこと。 なんとなく、2月3日節分・2月4日立春というイメージが強いが、暦というものは面…

行けるかどうか分からなくても、チケットは取るんだよ。

「行けるかどうか分からなくても、チケットは取るんだよ」 よく母は、チェロを弾いていた私に、そう言ってくれた。 「たとえ行けなかったとしても、『行ける権利を買った』と思えばいいから。だから、行きたいコンサートやらがあったら、チケットは取るんだ…

ラグビーのフルバックのように。

あれはいつだったか。 ラグビーワールドカップの日本代表の試合を、テレビで観ていたときだった。 強豪の南アフリカ共和国を破った快挙で興味を持ったのだから、2015年のイングランド大会のような気がする。 相手チームの選手がボールを持って、タッチライン…

西のお山と、冬の朝の氷と。

「お山に雲がかかってるから、明日は雨かもね」 遠く西の彼方に見える山脈を見ながら、よく祖母はそんなことを言っていた。 天気は西から変わっていくということを、当時の私は認識がなかったように思う。 ただその山、伊吹山が天気を司る何か大きな力を持っ…

キラキラにこころ惹かれて。

小学生のころ。 両親が共働きの私は、近所の祖母の家で、姉とともに日中の面倒を見てもらっていた。 自宅から歩いて、10分ほどだっただろうか。 知り合いの米穀店の交差点の、細い路地をもう少し入ったあたり。 近くには市民会館があって、市内の小学生を集…

せなか、べちゃべちゃ。

「おとう」 隣の布団でごそごそとしていた娘が、声をかけてきた。 幼いころから寝つきが抜群にいい娘が、寝がけに話し掛けてくるのはめずらしい。 少し、間が空いた。 その間は、どこか次の言葉を紡ぐのをためらっているようにも感じられた。 何か、悩みでも…

もう、一人で頑張る時代は終わったんだなと、改めてマリオに教えられながら。

感染症禍から始まった息子のゲームライフも、ずいぶんと充実してきた。 夏ぐらいに「サンタさんにはニンテンドースイッチを頼むんだ」と息子が言い出したときには、品薄で全く買えない状況だったので焦ったものだった。 しかし、方々手を尽くして何とかクリ…

ブランコと無価値観、あるいは罪悪感か。

大寒波が訪れた週末だったが、よく晴れていた。 午前8時の時点で気温はまだ氷点下だったが、晴れていると外に誘われるものだ。 せっかくなのでと、昼過ぎに富士山の遊具がある近所の公園を、息子と娘と訪れる。 午後になって4℃まで気温は上がっていたが、そ…

言葉にする、という強さ。

強さにも、いろんな種類の強さがある。 分かりやすい筋力、腕力といった強さ。 逆境や不運にもめげない、負けない強さ。 初心貫徹、一つの決めたことをやり遂げる強さ。 そのあたりは、誰が見ても分かりやすい。 あるいは、その逆もまた、強さの一つだと言え…

紡がれて、いま。

その日は墓参りに行く予定にしていた。 息子と娘はついてくるとは言っていたが、当日になると「遠い、めんどくさい」とぐずぐずと言い出す。 私は朝から少し感傷的になっていたのだろう。 「だったら最初からそう言え。予定決めた後で言うな」と怒ってしまう…

都会を、車で走る。

実家で暮らしていたころ。 そう、高校生くらいになるのだが。 そのころの私にとって、名古屋市内というのは、大都会も大都会だった。 東京は、もはや外国に近い感覚があったが、名古屋は身近な大都会だった。 どうも、中学生くらいのころの、「名古屋に行く…

奇跡の価値は。

やってしまった。 ついに出た。 何がって、「ラッキーカード」である。 何のカードって、「プロ野球チップス」のラッキーカードである。 www.calbee.co.jp プロ野球チップスには、もともと「プロ野球選手カード」というオマケ(いや、こちらが本体か…)が付…

ユニクロの思い出。

有名デザイナーとコラボしたユニクロのブランドが、瞬殺だったという。 例のごとく、メルカリ、ヤフオクでの転売祭りも盛り上がっている。 昔はよく、「安かろう、なんとやら」、「着れるのはワンシーズン」、「ユニクロ(笑)」と揶揄されていたが、気付け…

彩る、大雪。

時に「大雪」。 山々は雪に覆われ、白い帽子をすっぽりとかぶり始めるころ。 目に見える冬の訪れも多く、師走のあわただしい時期でもある。 そんな時候だが、目に映るのは、不思議と彩りが多く。 それを探したくて、寒風に身を縮めながら、娘と外を歩きに出…

いいじゃないか、こころが喜ぶのなら。

はじめは、息子に頼まれただけだった。 「トモダチがたくさんもってるから、ぼくもほしい」 じゃあ、買いに行こうか、ということでスーパーに買いに行った。 カルビーのプロ野球チップスである。 ポテトチップスに、プロ野球選手のカードが2枚ついている、昔…

ふと肌に触れる冷たさに、ふるさとを想うこと。

たとえば、ふとした風景に故郷を思い出すことがある。 私は生まれた土地に、川という名がついた大きな池があり、その周りぐるっと囲む公園があった。 幼い頃、そこによく連れて行ってもらったこともあるのだろう。 その公園の松並木の雰囲気を、よく覚えてい…

夢、娘との小話。

「おとうさんは、なにになりたかったの」 「何に、かぁ。小学生のころは、プロ野球選手かな」 「やきゅうせんしゅ?」 「あぁ。ナゴヤ球場で、バッターから三振を取ってみたかったよ」 「やきゅうせんしゅには、ならなかったの?」 「あぁ、お父さんは、運動…

トン、トン。

隣の娘が、暗闇の中でごそごそと寝返りを打っていた。 小さなころから寝つきが抜群によかった娘にしては、めずらしい。 「寝れないの?」 「うん」 日中、公園で友だちとたくさん遊んだ反動か、夕食後にうたた寝をしてしまったせいだろうか。 娘にしてはめず…

いつか歩いた境内に。 ~愛知県津島市「津島神社」訪問記

よく晴れた秋晴れの日、愛知県津島市の津島神社を訪れた。 かつて、生を受け、高校を卒業するまで暮らした、津島市。 その氏神様を、久しぶりに訪れることができた。 かつて、この近くに父方の祖父の自宅兼工場があった。 町工場の鉄工所を営んでいた祖父の…

コミュニケーションの効用は、遅れてやってくる。

少し遅くなって帰宅すると、テーブルの上にノートと書き置きがあった。 「一つ かいたよ みてね」 ピンクのノートは、以前娘と交換日記をしていたノートだった。 久しぶりに、娘は私宛に書いてくれたようだ。 ノートに記された娘の今日の一日を読みながら、…

青々と実るドングリの下で、循環について想うこと。

風が、強かった。 久しぶりに、息子と娘と公園に行く道すがら。 春の嵐とは違って、どこか清浄な空気が頬を伝っていった。 秋分の日を過ぎて、力尽きたノコギリクワガタを埋葬しに行くためだったが、気持ちよく晴れた週末は、久しぶりだったような気もする。…

カブトムシの幼虫を求めて、古い傷の記憶をたどること。

しまった、安易だったと気づいた。 「今年もカブトムシの幼虫を飼うんだぞ」と息子が主張してきたので、いつも行くホームセンターに行ったところ、もう取り扱っていない、と返された。 シーズンもほぼ終わったので、もう外国産のカブトムシとクワガタの幼虫…