以前から心惹かれていた、京丹後市にあります「縄屋」さんに伺うことができたので、今日はその訪問記を。
宮津市街から与謝野郡を抜けて、府道53号線を走る。
民家は徐々に少なくなり、景色はジブリの「もののけ姫」のような森に変わる。
対面通行の道幅のカーブに、恐る恐るハンドルを切る。
さすがに初見の道は不安になるが、地図を読むことが苦手な私にとって「ナビ神」の指示は絶対である。
目的地は、京丹後市の名店「縄屋」。
以前に飯尾醸造の飯尾彰浩さんがブログでご紹介されていたのを拝見して、ぜひ一度伺いたいと思っていた。
今回はその飯尾醸造さんの田植え体験会とからめて、宮津・京丹後の旅に出ることにしてみた。
宮津市街から車を走らせること40分ほど。
山を抜けて開けた住宅街に「縄屋」さんは佇んでいた。
ナビがなければ、確実に通り過ぎてしまうくらい、街中にとけこんだ外観。
うん、間違いない。表札を見て安心する。
しかし、その敷地に一歩足を踏み入れた途端、空気が変わったように感じる。
神社の鳥居をくぐったときの感覚に似ているのかもしれない。
戸を開けると、奥様が出迎えて頂いた。
落ち着いた柔らかい雰囲気の中に、気品を感じる。
テーブル席のある広間を通り、カウンターに案内される。
ようやく着いたことにほっと安堵のため息が出る、この誂え。
奥様が活けられているという花がまた美しい。
車だったので、お酒は飲めないため飯尾醸造さんの紅芋酢ジュースを。
すっきりとした酸味が食欲を刺激してくれる。
一品目からやられた。
「農家パン 弥栄窯」さんのライ麦とお米の酸味のあるパンに、鯵をサンドしていただくというキレッキレの変化球。
鯵は葉桜和えで芽紫蘇の香りが絶妙。
雲丹と卵のスープ。
底に新玉ねぎのペーストがしのばせてあり、アサツキの花をあしらって。
スズキのお造り、叩いたワラビをソースにして。
絶妙なスズキの締め加減に、ワラビがよく合う。
京丹後の名産、トリ貝の蒸し焼き。
こんなに大きいトリ貝は初めて見た。
大きいのに、味はぎゅっと濃厚。
ツノがこのサイズ。
そしてトリ貝の肝がこんなにも感動的に美味しいとは、恥ずかしながら知らなかった。
これだけで延々と日本酒を舐めていられそうだ。
車でお酒が飲めないのは、ある意味でよかったのかもしれない。
金目鯛。その出汁で炊いた玄米とともに。
もう火の通し方が、控えめに言って「神」。
柔らかながら火の通った身と、香ばしく焦げ目のついた皮。
なぜ両立できるのか、マジックを見せられているよう。
そして、旨味を吸い過ぎた玄米の風味が余韻に残る。
ウマヅラハギ。蒸した肝と、底にキャベツを添えて。
酸味の効いた味が、先ほどの金目鯛の一皿のあとで尚更引き立つ。
キャベツの食感が素敵なアクセント。
ウドの芽のかき揚げに、カマスのからすみをかけて。
一口ごと身体から毒素が抜けていくような、さわやかな風味のウドの芽。
初めて口にするカマスのからすみの濃厚な香りが引き立つ。
アイナメと大鳴子百合のお椀
大鳴子百合も人生初だと思うが、一口ごとに身体が軽くなるような味。
ご飯もの、トゲグリガニの炊き込みご飯と香の物。
土鍋で炊いたものを出してくださり、美味しすぎて2回もおかわりをしてしまった。
香の物の塩加減が絶妙。
水物、よもぎのかき氷。
今年初のかき氷がこんなところで。
よもぎの苦みが甘く炊いた小豆とよく合う。
どれも素晴らしく美味しく、また不思議なことにお腹いっぱいなのに身体が軽くなるようだった。
そして火の通し方がどれも最高で、酸味があるのに主張し過ぎずに調和が取れているのが職人芸だった。
最後に少しご主人とお話しさせて頂いたが、穏やかに京丹後の食材を語るその眼は優しく魅力的だった。
名古屋から車で4時間。
ここに来れてよかった。
というより、ここに来ることに許可が出せた自分を褒めてあげたくなる味だった。
超人気で取り辛いアイドルのコンサートのチケットや、
仕事が忙しいのに無理矢理休みを取って行くフジロックフェスだったり、
はるか遠方で開催されるリトリートセミナーであったり、
そのコンテンツにある一定以上の魅力をその人が感じる場合、コンテンツに対して支払う労力や対価はそのまま満足感につながる。
「縄屋」さんがどんなに遠くても、「自分が大好きな人が勧める味」に逢いに行けたことに、どうも私は幸せを感じるらしい。
また違った季節の「縄屋」さんの料理にもお会いしたいと思う。
今日もお越しいただきまして、ありがとうございました。
今日は二十四節気の一つ、「小満」。
あらゆる生命が成長し、天地に満ち始める節気です。
訪れてくださった皆さまの一日が、そんな一日になりますようお祈り申し上げます。