根本理加さんのブログでご紹介をいただきました。
ステキな言葉の数々、ありがとうございます。
すごく癒されました
そう仰っていただいてますが、逆に癒されたのは書いた私の方で。
書くことは、私にとって生きること、そして癒しのようです。
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何かを失う悲しみ。
それは、私がこれまでずっと抱えてきた痛みでした。
その悲しみは、過去に失くしてしまった経験からやってくるようです。
両親しかり、たいせつなアルバムしかり、故郷の風景しかり。
ずっといっしょにいられなくて悲しかった。
なくなってしまって、悲しかった。
そうした悲しみは、実は自分が同じことをしてしまったときに、強い罪の意識を引き起こします。
ずっといっしょにいられなくて、ごめんなさい。
いなくなってしまって、ごめんなさい。
罪悪感という名の、この世でもっとも恐ろしい刃。
その刃は鋭利ではありませんが、確実に自らを幸せから遠ざけ、真綿で首を絞めるように心を蝕みます。
自分の中に澱のように沈んだ悲しみがあるからこそ、それと同じことをしてしまったときに罪悪感を感じる。
家を出て一人暮らしをして、いっしょにいられなくしてしまった。
たまの休暇で単身赴任から帰ってきた父と、いっしょに過ごさなかった。
父が亡くなってから、母を一人にしてしまっていた。
ずっと私は、意識的にせよ、無意識的にせよ、そのような罪の意識を感じていました。
その意識は、「親より幸せになってはいけない」という目に見えない鎖で私を縛ります。
悲しい両親を救うためには、私も悲しい人間でいなくてはならなかったのです。
悲しい人間とは、悲しさを感じている人のことではありません。
絶望的な悲しさを抱えて、ひとりでそれに耐えなくてはならなくなっている人のことです。
私は、ずっと悲しい人間でした。
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両親を突然亡くして以来15年ほど、私はずっとまともに泣くことができませんでした。
けれど、奇跡のような人とのつながりと助けによって、涙を取り戻してきました。
いまはあのクリスタルボウルの画像を見ただけで、涙腺が崩壊してしまいます。
涙を取り戻したことは、自分を癒し続けたことの大きな恩恵でした。
けれども、もっと大きな恩恵が待っていました。
わたしは、ずっとこの抱えてきたこの「失われる悲しみ」を、たいせつな人たちに知ってほしかったのだと気づきました。
それは、その悲しみを私はたいせつな人に知ってほしいと思えるようになりました。
それは、悲しみをひとりで抱え込むことができなくなった、ということです。
それは、決して弱さではありません。
「悲しい」ときは、「いま、とても悲しいよ」と表現すればいい。
そして、たいせつな人を頼って、つながろうとすればいい。
その真実に気づいたとき、
もうたった一人で、
あの仄かに暗い冬の夕暮れの部屋の隅で、
虚ろな目をして、
膝を抱えていた、
あのころの私の悲しみを、
ようやく終わらせることができたんだな、と思いました。
それは同時に、いっしょにいてあげられなかったという罪悪感をも薄めていくようです。
お父さんと、お母さんは、ときに悲しいこともあったかもしれないけど、とても素敵な人生を全うした、と。
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「いま、とても悲しい」
それを、たいせつな人に向けて、まっすぐに表現すること、伝えること。
それができたら、きっと悲しみは昇華していくんだ。
よく晴れた、あの空へ。
あの日と同じ色をした、あの空に。
少しずつでいいから。
その空へと悲しみを還した分だけ、
人生は導かれるように変わっていくから。