大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

書評:ハンス・ロスリング他共著「FACT FULNESS(ファクトフルネス)」に寄せて

今日は書評を。

「FACT FULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣、ハンス・ロスリング他共著、日経BP社刊」に寄せて。

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ハンス・ロスリングは医師、グローバルヘルスの教授として、世界保健機構やユニセフのアドバイザーを務め、スウェーデンで国境なき医師団を立ち上げるなどの活動をされておられたそうだ。

本書は彼の息子・オーラと、妻・アンナによる共著であり、副題にある通り、「人が陥りやすい思い込みのパターンを越え、データに基づいて世界を正しく見ること」について書かれた本である。

読了して、私自身がいかに古い常識で、凝り固まった見方をしていたかを思い知らされた。

著者がこれまで活動されてきた医療、教育、貧困といった切り口から、私たちの思い込みと世界の姿とのギャップを見せてくれる。

たとえば、イントロダクションにあるこれらのクイズ。

質問1 現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?

A 20% B 40% C 60%

 

質問2 世界で最も多くの人が住んでいるのはどこでしょう?

A 低所得国 B 中所得国 C 高所得国

 

質問3 世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年間でどう変わったでしょう?

A 約2倍になった B あまり変わっていない C 半分になった

 

質問7 自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化したでしょう?

A 2倍以上になった B あまり変わっていない C 半分以下になった

 

質問9 世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?

A 20% B 50% C 80%

 

「FACT FULNESS」p.9~11より抜粋

正答はこのエントリーの末尾に記しておきます。

どの質問も3択であり、あてずっぽうで選んでも3分の1の確率で正解するはずなのだが、こうした質問を大企業の役員、科学者、医学生、ジャーナリスト、政治家…といった層の人たちが、残念ながらそれを大幅に下回るの正解率でしか選べなかったそうだ。

恥ずかしながら、私もそうだった。

著者の表現を借りれば「3分の1は正解を選べるチンパンジー以下」に成り下がって胃しまうのは、なぜか。

それは「アップデートされていない古い知識」と「10の思い込み」が、判断力を「チンパンジー以下」にしてしまう、という恐るべき話である。

10の思い込みとは、人間の本能に根付く思い込みだ。

1.分断本能:世界は分断されているという思い込み

2.ネガティブ本能:世界はどんどん悪くなっているという思い込み

3.直線本能:世界の人口はひたすら増え続けるという思い込み

4.恐怖本能:危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み

5.過大視本能:目の前の数字がいちばん重要だという思い込み

6.パターン化本能:ひとつの例がすべてに当てはまるという思い込み

7.宿命本能:すべてはあらかじめきまっているという思い込み

8.単純化本能:世界はひとつの切り口で理解できるという思い込み

9.犯人捜し本能:誰かを責めれば物事は解決するという思い込み

 10.焦り本能:いますぐ手を打たないと大変なことになるという思い込み

本書で分かりやすい思い込みの実例とデータから語られる、その10の本能のどれもが、太古の昔の狩猟時代から人間が生存していくために必要だった本能に違いないのだろうと思う。

けれども、それらの本能はデータや事実を直視することを妨げる。

世界は私が思っているよりも分断されていないし、豊かになり続けているし、予防接種を受ける子どもや、女性参政権、識字率、農作物の収穫、科学の発見といったよいことは増え続けていた。

もはや先進国と発展途上国という区分けはもう存在せず、そうした区分けを生んだ「先進国=欧米諸国の特別な地位」というものは、もはや過去の遺物になりつつあるのだろう。

世の中の常識は、少しずつ変わる。

そして、変わってしまった後になると、「そんなものを信じていたなんて、バカじゃないの?」と誰もが考える。

けれど、ほんの30年ほど前まで、日本の経済の仕組みや働き方が世界一優れていると考えて、ジャパンアズナンバーワンなどと唱えていた名残を、私たちはまだ後生大事に持ってはいないだろうか。

問題は、いつ事実に気づくか、だ。

知識のアップデートを怠ったり、10の思い込みに無自覚でいると、その事実を認めることが遅れていく。

いつからか、テレビのニュースを自分からは見ないようになった。

朝一番から、気の滅入るような内容のニュースで一日が始まるのが嫌になったのもあるし、それで私の経験した昔の悲しい事件を思い出すのもある。

世の中にあふれている素晴らしいことよりも、目を覆いたくなるような悲惨な出来事を、ことさら拡大して伝えることに、メディアやジャーナリズムの意義はあるのだろうかと、私は懐疑的だった。

だが本書を読んでみると、それは「犯人捜し本能」から私が世界を見ているにすぎないと思い知らされた。

既存のジャーナリズムやメディアを責めることに、意味はない。

本書で言われるように、「犯人」よりも、目を向けるべきなのは、「システム」の方なのだ。

むしろ、人間には誰しもドラマチックなものを求める本能があり、世界は悪くなっていると思いたがる本能や、ネガティブなものに惹かれる本能があるということを、知識として得ること。

そして、メディアやジャーナリズムという組織が、そうした本能を利用して視聴者を引き付けることで「商売」をしている、ということをきちんと知るように努めるべきなのだろう。

求める者がいるからこそ、提供する者がいるだけの話しなのだ。

ニュースやメディアは、現実を映す鏡ではない。

事実に基づいた世界の見方を彼らに求めるのは、お門違いだと理解することだ。

そうした理解の方法を示してくれる本書は、とても素晴らしいものだった。

「癒しとは、見方を変えること」と言われるが、本書はカビの生えた常識を更新し、新しい世界の見方を教えてくれる良書だった。

引用した文中の「質問」の正答は、

1=C、2=B、3=C、7=C、9=Cです 。

ちなみに私はすべて不正解でした…