先週末も日中は30度を超えて、クーラーをつけていたような気がするが、気付けば朝晩の涼しさは少しひんやりとした冷たさを覚える。
いつの間にやら、寒露の節気に入っている。
朝の空気は澄み、草や葉に冷たい露が宿る。
秋の深まりを感じる中、農作物の収穫も盛んになるころ。
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少し前から咲いている、路傍のピンクの花。
オレンジ色をした、秋のコーディネートで装いを。
いくつか咲いていた花から花へと飛びながら、蜜を吸っているようだった。
時折見かける、このピンクの花の名前が気になって、調べた。
ランタナ。
中南米原産の常緑低木、和名はシチヘンゲ(七変化)。
花の色が変化していくことから付けられた名前らしい。
また一つ花の名前を知ることができた。
オレンジ色の装いは、ベニシジミだと思ったが、詳しい友人によると模様がどうも違うらしい。
いろいろ調べてみると、ヒメアカタテハというチョウの写真が近かったが、そうなのだろうか。
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世に愛を伝える方法は無限にあれど、名前を呼ぶというのは、もっとも根源的な方法の一つなのかもしれない。
世にランタナは無数にあれど、私が「ランタナ」と呼ぶとき、その対象は「この」目の前のランタナただ一つでしかない。
ランタナ。
その名を知るとき、また世界は美しくなる。
ランタナ。
そう呼びかけるとき、私は群体としてのピンク色の植物にではなく、唯一無二の一個体に呼びかける。
それは、愛の発露として。
世に人は無数にいれども、私が「名前」を呼ぶとき、その対象はただ一人でしかない。
名前を呼ぶことで、私は世界のどろどろとした混沌のスープの中に浮かぶその対象に、手を差しのべ、意味を与え、引き揚げる。
それは、愛された記憶を呼び覚ます。
名付けられた、記憶。
愛された、記憶を。
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時は移ろい、寒露の節気を通り過ぎ行く。
オレンジの装いもまた、どこかへ飛び去って行った。
時の移ろいは、無常であり、癒しでもある。