カタカタカタ…
「はぁ…」
カタカタ…カタカタ…
「ふぅ…」
「なんですか、さっきから。キーボード打ちながらため息ついて、うるさいですよ」
「あぁ、すんません」
「そうやってすぐ謝って罪悪感に浸るより、ちゃんと説明した方がいいですよ。めんどくさいんで」
「お、おぅ…今日は初手から厳しいな…」
「もう、よっぽど男性は罪悪感が好きなんですね。ちゃんと言うようにしましょうね。『ぼくにかまってください』って」
「う…いや、そんなつもりじゃ…」
「そんなつもりでも、どんなつもりでも、どちらでもいいです。で、どうしたんですか」
「いや、この前のミーティングで、見積り資料の整理を議題に上げたんだけど」
「ああ、客先別だったり、時系列だったり、案件別だったり、分類の仕方が担当者によってバラバラで、過去資料が活用されてないってやつですか。世の中はAIだのRPAだのIPAだの言ってますけど、まあウチみたいな規模のところは、それが現実ですよね」
「まあ、みんな過去資料の整理よりは、前のめりになっている方が性に合ってるんだろ。とはいえ、過去資料って財産だからなぁ、と思って」
「ええ、そう思いますよ。で、それがなんでウネウネしたため息になるんですか」
「いや、議題に上げたのはいいんだけど、言い出しっぺがってことで、『過去データ整理プロジェクト』のリーダーに任命されて」
「いいじゃないですか」
「でも、みんな忙しいのか、忘れてるのか、まるで他人事で」
「へえ」
「こうして時間を見つけては、一人でシコシコやってるんだけど、テンション上がらないんだわ」
「それで?」
「それだけ」
「ふーん」
「ふーん、って…何とか言っておくれよ…ダメ出ししてくれた方が楽だわ」
「いや、何も問題ないじゃないですか」
「えぇ?いや、言い出しっぺで引き受けたのはいいけど、誰も手伝ってくれないしさ、過去資料の整理も全然進まないし…」
「まあまあ。それより、知ってました?今年は、祝日砂漠の月が3つもあるんですよ?」
「は?なんだ、それ?」
「年末がある12月はいいとして、梅雨でありながら祝日が砂漠の6月は例年通りなんですけど」
「ああ、6月も12月も祝日ないね」
「2020年の今年は、それに加えて何と10月も祝日砂漠なんです!」
「え?なんで?10月って…何かあったよな…?そう、体育の日」
「いえ、いまはスポーツの日です。それが東京オリンピックのせいで、7月に移動しているんです」
「…あぁ、ほんとだ。4連休になってる。そういえば、開会式がどうのこうのって、ずっと前に誰かが言ってた気がするな」
「そうなんです。だから今年は10月も祝日砂漠です。9月の連休が終わった後、11月まで3連休がないんです」
「お、おぅ…」
「あ、どうでもいいって目をしてる」
「いや、そんなことはないが…うーん」
「それと同じです」
「は?」
「おんなじ、問題ですよ」
「いや、祝日砂漠とプロジェクトは別だろう」
「そうですかね?本質的には、同じような気がしますけど。結局、問題だと思ってるのは、一歩引いてみれば、その人だけだっていう」
「うーん、祝日砂漠は、別に有休でも何でも取ればいいんじゃないか。でも、プロジェクトは…」
「だからぁ、アタシは有休を消費しない、合法的な3連休が欲しいんです。プロジェクトなんて、別に誰かを巻き込んで進めればいいじゃないですか。それが自分にできないんなら、白旗上げちゃえば」
「いや、まあ…うん…」
「結局のところ、問題は口にした瞬間に、その人の問題になるんですよ。よくいるじゃないですか、他人の言動だったり、世の出来事だったりを、『これは問題だ』みたいな批判する人。あれは、そう言ってる人の問題でしかないと思いますけど」
「今日は厳しいな…何か変なもの食ったのか?」
「食べてないです。いつも通りです」
「そうか…そうだよな。問題は、それを口にした人の問題、か」
「そうです」
「じゃあプロジェクトの問題は、問題じゃないことにするよ。だって、目の前に手伝ってくれる優しい仲間がいるんだから」
「いや、いないです。今日は甘いものがないので、電池切れですから」
「えぇ…?問題だな、それは…」