ものの本によると、新規開店する飲食店の中で、3年後もそのまま営業を続けられるお店は、わずか1割に満たないと聞く。
訪れるたびに風景が変わる名古屋駅や、あるいは雨後の筍のように隆盛を極めるタピオカを売る店などを見ていると、さもありなんと思う。
ものごとに慣れる区切りというのも、3日、3週間、3ヶ月というように「3」のつく区切りで、一つのヤマを越えることが多いとされる。
新規オープンしたお店が、3年続くというのは、それだけ大変なことなのだと思う。
地域に愛され、顧客に愛され、日々の試行錯誤を積んでようやくたどり着くのが、3年という時間なのだろう。
それだけに、顔の見えるお店の周年には、顔を見せて祝詞の一つでも述べたいと私は思うのだ。
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そんなこんなで、今月3周年を迎えた刈谷市の「魚屋ごんべえ」さんを再訪した。
安納芋の感動的な甘さに秋の深まりを感じたエントリーを書いたのを思い出す。
暗がりの中、遠くに光るほのかな光を目指して。
やさしい光なのは、そのお店の持つ力のおかげなのだろうか。
おいしい魚とごはん。まさに。
猫の表情がたまらない。
そりゃあ、猫も魚を咥えていきたくもなる旨さ。
暖簾をくぐると、賑やかな店内が心地いい。
カウンターの端の席に座り、ほっと一息つく。
今日の献立を眺めながら。
遠足が始まる前が一番テンションが上がるように、献立を眺めている時間は至福だ。
すべてお任せのコースもいいのだが、やはりあれこれ思案しながら選んでいる時間は、何ものにも代えがたいように思う。
この日は、「たら白子葱バター醤油」の文字に惹かれて。
魅惑の文字が並んで、数え役満のよう。
混一色・対々和・三暗刻・小三元・ドラ3…といった趣か。
赤々と光る七輪の炭の上に、静かに置かれた白い宝石。
炭火のじわじわとした加熱は、趣深い。
ノンアルコールビールをちびちび口にしながら、次第に湯気が立ちはじめ、ぼんやりと醤油だれが泡立ってくるのを眺める。
煮立ってきたところで、白子を少し裏返したりしながら、時間が流れていくのを愉しむ。
ここでバターを投入。
ドラを引き入れて、最終形のテンパイが完成した感がある。
バターが溶けていくのを眺めながら、3年という時の流れに想いを馳せる。
ご縁を頂いて、この刈谷の地でオープンすることを知ってから、もうそんなにも経ったのかと思う。
年々、時の流れの感覚がおかしくなるようで、よくわからなくなる。
え?あれからまだ1年しか経っていないの?とか、
もうあれから1年も経っているの?とか。
不思議なものだ。
3年前、2017年というと私は何をしていた頃だろうかと、あらためて振り返ってみる。
その時の積み重なりの重みを感じながら、いまここで至福の時を過ごしていることを、ありがたく思う。
いい具合にバターが溶けてきたようだ。
美しい艶と色。
美味しいものの魅力は、官能的な魅力と似ている。
白子と葱を一口ずつ味わいながら、私はまた3年という時の流れを想った。
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あらためて、3周年おめでとうございます。
また美味しい料理を楽しみに伺わせて頂きます。