3月11日。
水曜日。
予報通りに、よく晴れていた。
濡れたアスファルトは、夜半まで雨が降っていたことを教えてくれた。
けれど、よく、晴れていた。
3月11日。
よく、晴れていた。
=
多くの人にとって、特別な意味を持つであろう、その日付。
当たり前が当たり前でないことに、想いを馳せる、その日付。
されど、私にとっては、3月10日の次の日という想いの方が、強い。
痛み、というものがそうであるように。
悲しみというものは、どこまでも個人的な領域にある。
他人の親知らずの痛みを、共有することができないように。
全体としての悲劇は、原理的に存在し得ない。
だからこそ、私たちは言葉を紡ぎ、心を寄り添わせるのだが。
共有はできなくとも。
共感はできるのかもしれない。
それができなくても。
忘れないことは、できる。
=
もし、忘れられないのなら。
ただ、身を委ねよう。
放棄しよう。
身を任せ、沈もう。
何時間でも、何日でも。
沈んで沈んで、その底で、
祈ろう。
浮かんでは消える、うたかたのような想いを添えて。
=
母を想うとき、私は不在を想う。
それは、母そのものの不在でもあり、
もしかしたら、
母とともにいたはずの自分の不在なのかもしれない。
3月11日。
あのときの、あの空は、まだ同じ色をしているのだろうか。