夏生まれだからだろうか。
夏が好きだ。
ところが、気温が上がりだすこの時期は苦手なようだ。
例年、暑さに慣れるまでは、どうも気怠く、身体が重い。
好きな季節に向かう嬉しさと、億劫さと。
どちらの感情もそこに在りながら、季節はめぐっていく。
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季節や服装であれば、「好きだけど、嫌い」と言いやすい。
けれど、これが人間関係となると、とたんにややこしくなる。
「あの人は、とても好き」
「あの人は、なんか嫌だ」
特に、ネガティブな感情を持つと、なかなかそれを払拭するのは難しい。
一度、色眼鏡をはめてしまうと、なかなかそれを外すのは難しいものだ。
けれど、季節が毎日めぐっていくように、「あの人」もまた日々変わっていく。
身体の細胞を構成するアミノ酸は、わずか1か月でその全てが入れ替わると言われるように、今日の「あの人」は昨日の「あの人」と同じではない。
それはまた、自分自身にとっても同じことが言える。
気温や湿度が日々変わるように、体温や身体の影響によって、「わたし」も日々変わる。
「あの人」という存在は、いつも同じように存在するように見えるが、決してそうではない。
それは、自分自身と、同じように。
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ただ、目の前の季節を見つめるように。
ただ、目の前の紫陽花の色を眺めるように。
その人を見てみたい。
湧き上がる好きも、嫌いも、感謝も、恨みも、喜びも、尊敬も、ただそのままに。
ただ、一緒に在る。