不意に、社内で何かが跳ねた。
いや、跳ねたというより、「飛び跳ねた」と言った方が適切な表現かもしれない。
後部座席の方から、首筋のあたりにそれは飛び跳ねた。
思わずハンドルを切りそうになってしまい、握り直す。
走り始めてから、すぐのことだった。
ゆっくり走っていてよかった。
それにしても、何が跳ねたのだろう。
それは、明らかに「生き物」の動きだった。
座席の周りを確かめたかったが、あいにく一本道のバイパスを走っていて、信号も停められそうな場所も、しばらく無さそうだった。
不意の侵入者に、心臓は早鐘のように鳴った。
ひとつ、ふたつ。
ゆっくりと深く呼吸をして、整える。
「生き物」だとしたら、あれは何だろう。
チチチチ…という小さな羽音が聞こえたような気もする。
首筋のあたりに感じた、不規則な動きは、虫のそれだったような気がする。
あの跳び方をする虫…セミではないし、カナブン、カブトムシにしては小さすぎる。
もう少し、細くて長い感じがした。
バッタか、カマキリか。
そのあたりのように思った。
それにしても、なぜ車内にそんな「生き物」がいるのだろう。
乗車したときに、一緒に乗ってしまったのか。
それは分からないが、もう一度跳ばないように祈りながら、私はそろそろと車を走らせた。
エアコンの風に反応するかもしれないと思い、風量を弱めた。
じりじりと車内の温度が上がり、じわりと汗が噴き出てきた。
それでもいいから、もう少しだけ、おとなしくしていてくれよ。
=
思ったよりも道は空いていて、目的地には10分ほど早く着いた。
停めた車の運転席から降りて、その「生き物」を探す。
残暑と呼ぶよりも、猛暑、炎暑と呼んだほうがふさわしいような日差しが、照り付けてくる。
座席の周りを探してみたが、何も見つからない。
後ろのドアを開けたところ、「そいつ」はいた。
私のカバンに、ぴったりとくっついていた。
小さな同乗者は、バッタだった。
ショウリョウバッタだろうか。
やはり、私が乗ったときに一緒に飛び跳ねて乗ってきてしまったのだろうか。
カバンを持って振ると、チチチチ…と羽音を立てて、駐車場に飛び出していった。
アスファルトの色に同化してしまったような、小さな同乗者。
バッタは自分の身体の色を、周囲の色に同化させる聞く。
その身体の色は、青々とした緑色ではなく、枯れ草の茶色だった。
小さな同乗者の身体の色に、季節の移ろいを想う。
焼けるような暑さのアスファルトの上では、さすがに苦しいだろうと、どこか土のあるところへ運んでやろうと思ったが、捕まえようとすると、また勢いよく飛び立った。
私の背丈くらいまで飛んだかと思うと、駐車場の塀を飛び越えていってしまった。
心配ないよ、と言われているようだった。
見上げれば、陽光の線が何本も走る、不思議な空の色が広がっていた。
その色は、夏のそれというより、どこか澄んだ気配を感じさせる。
徐々に、空も澄んで高くなっていく。
まだ残暑は厳しい。
されど、処暑も近い。