ビアンフェが、嫌がっていた。
鞍上の藤岡佑介騎手が促すも、ピタリと動かない。
もし、有観客での開催だったら、スタンドは大きくどよめいていたのだろうか。
もう20年以上も昔、天皇賞・秋で枠入りを嫌がっていたセイウンスカイの姿を思い出した。
あのレースは、前走惨敗しており、中間の調教も冴えなかった武豊騎手のスペシャルウィークが、豪快に差し切る逆襲の走りを見せてくれた。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、ビアンフェはようやくゲートに収まった。
残りの各馬も、順調に枠入りが進む。
秋のGⅠシーズンの開幕を告げる、スプリンターズステークス。
僅か70秒足らず、瞬き厳禁の電撃戦。
そのスタートに、視線が集中する。
抑圧から解き放たれた16頭の中から、先手を主張したのは松若風馬騎手のモズスーパーフレア。昨年2着の雪辱を晴らさんと、その快速を飛ばす。
しかしビアンフェが絡んでいき、2頭が競り合う形でレースを引っ張る。
自らの持ち味を活かすためには仕方ないとはいえ、息の入らないその展開は、どちらにとっても厳しい。
2番人気のダノンスマッシュと川田将雅騎手は、それを見る4番手あたりにつける。
1番人気、グランアレグリアは…最後方にいた。
春のマイル女王は、スプリント戦の激流に行き脚がついていないのか。
あまりにも、後ろ過ぎる。
鞍上のクリストフ・ルメール騎手の意志なのか、いや、そうは見えなかった。
モズスーパーフレアとビアンフェがやり合って、前半の3ハロンは33秒を切ってきた。
開催最終週の中山の馬場を考えると、驚異的な超ハイペースと言っていい。
そのまま4コーナーを回り、直線を向く。
グランアレグリアは、まだ後ろから2頭目だ。
前の2頭はさすがに力尽き、ダノンスマッシュが抜け出そうとする。
残り200m、大外から暴風が吹いた。
グランアレグリア。
14頭を撫で斬りにして、残り100m付近ですでに大勢は決していた。
豪脚、圧勝。
上がり3F、33秒6。
スプリント戦では、なかなかお目にかかれない最後方からの追い込み一気。
前が激流となる展開が向いたことも事実だが、絶対的な能力がなければできない芸当だ。
短距離での追い込みといえば、同じスプリンターズステークスのデュランダルや、根岸ステークスのブロードアピールが想起されるが、グランアレグリアのそれは、また異なる印象を受ける。
それは鮮やかさの中に、どこか戦慄を孕んだ豪脚だった。
これでグランアレグリアは、アーモンドアイを破った安田記念に続いて連勝となった。
桜花賞を含めて、通算3勝目のGⅠタイトル獲得となる。
調教師の藤沢和雄師とルメール騎手は、前年のタワーオブロンドンに続く連覇。
名伯楽と名手による共演、その次走を楽しみにしたい。
また、グランアレグリアの父・ディープインパクトにとっては、その産駒による初めてのスプリントGⅠ制覇となった。
これまでディープの産駒は、1,200mのGⅠを未勝利だった。
しかしその最後のピースも、グランアレグリアによる最後方からの豪脚によって埋められた。
2着にはダノンスマッシュと川田将雅騎手。
あの激流の中を先行しながら、誰の目にも強い競馬をした。
ただ、1頭だけ前にいた。
そんな感がある。
前走・セントウルステークスを勝っていた三浦皇成騎手から、川田騎手に手綱を戻した陣営だったが、「されど、天、味方せず」。
これまででも十分な戦績を残しているが、大きなタイトルを獲れるだろうか。
3着には、道中はグランアレグリアのさらに後ろ、シンガリを進んでいたアウィルアウェイと松山弘平騎手。
前傾ラップと読んだのか、好発から下げる、肚をくくった騎乗が奏功した。
松山騎手は2週間後に迫る大仕事、「3冠獲り」への期待が膨らむ騎乗だった。
さて、来週の第4回京都・東京・新潟開催から、観客を入れての開催となることがアナウンスされた。まずは指定席のみでの入場となるそうだ。
その抽選を突破するのは、大きな馬券を当てるよりも難しそうだが、今年のコロナ禍の下で多くのスポーツイベントが中止になる中、よくぞここまで開催を止めることなく続けてくれたものだと思う。
それも、関係者の尽力あればこそ。
2020年のスプリンターズステークスが、グランアレグリアの豪脚とともに、無観客競馬の下で行われた最後のGⅠとして記憶されるよう、願っている。