雨が上がり、夜の帳が降りるころ。
私は走り出す。
濡れた路面は、月明りを映して光っていた。
湿った空気が、細かい霧のようになっていた。
陽の光の下とは、また異なる風景。
その一つ一つの色を愛でながら、私は挨拶を返す。
どこか甘い香りがした。
見れば、暗闇の足元を照らすように、下を向いて咲く黄色。
花は、みな人の顔を向いて咲く。
そんなことを語った人がいた。
されどその黄色は、謙虚に大地に頭を垂れる。
キダチチョウセンアサガオ。
その黄色の、名前。
ブルグマンシアとも呼ばれ、常緑の豊かな葉を茂らせる。
その花は大地に向かって咲き、特に夜に芳香を放つ。
筒に似たその花の形は、時に「天使のトランペット」とも呼ばれるそうだ。
天に向かって咲く花もあれば、地に頭を垂れる花もある。
不思議なことに。
10年近くもこの土地で暮らしてきて、この「天使のトランペット」を認識したのは、初めてだった。
準備ができたときに、世界はその姿を見せる。
「己が足元を、見よ」
そう、そのトランペットたちに言われているような気もした。
花は、いつもいろんなことを教えてくれる。
翌日、またそのトランペットに会いに行った。
けれど、同じ場所にはもう昨日の芳香はなく。
もうすでにしぼんだ花弁が一つだけ残っているだけだった。
しばし呆然として、走りを止める私。
瞬間にこそ、愛は宿る。
そのしぼんだ花弁は、そう語っているような気もした。