大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

いいじゃないですか、都合のいいように使われても、と彼女は言った。

「いい営業と、そうでない営業の差って、なんだろうな」

「何ですか、突然」

「いや、何となく…」

「どうせ、またボスに何か言われたんでしょ」

「…そういうところ、すごいよな。カンなのか、よく人を見ているのか…」

「うーん、両方だと思います」

「ほんと、女性はこわい…」

「え、何か言いました?」

「いや、何でもない…それはともかく、いい営業って何だろうな。『御用聞き営業ばっかりじゃ、客に都合よく使われるだけだぞ』ってボスは言うんだけど」

「え?都合よく使われていいじゃないですか」

「いや、そうなんだけど、その顧客にかけた時間とコストの費用対効果がウンヌンカンヌン…半分寝てたわ。でも、いい営業って、何だろうな」

「えー、そんなこと、事務のアタシに聞かないでくださいよ。だいたい営業長いんでしょ?」

「うだつが上がらないだけだよ」

「まあ、確かに」

「おい、否定してくれ…それより、どういう人から『買いたい』と思う?」

「うーん…アタシにとっては、喜んでお金を払う状態に持っていってくれる人、ですかね」

「喜んで、お金を払う、かぁ」

「ほら、人間、コントロールされると、とたんに逃げたくなるじゃないですか。『買え買えオーラ』が出てると、買う気がなくなるというか。そうじゃなくて、自発的に『お金出させて』ってなる営業がいいですねぇ」

「うーん、なるほど…自発的に、かぁ」

「なんだかんだ言って、お金使うのって楽しいですからね」

「たしかに。会社のお金は、なおさら」

「どうせなら、自発的に喜んで使いたいじゃないですか」

「なるほど。でも、どうやったらそうなるんだろう」

「知らないですよ、アタシ営業じゃないんで」

「だよなぁ…逆に、どういう営業はダメかね」

「うーん…まあ、言えるのは面倒くさいのはダメですね。頼まれてもいないのに商品アピールはじめるとか、こっちの時間とか都合ガン無視してくるとか」

「あぁ、たしかに」

「でしょ?」

「でもさぁ、それを避けようとすると、ボスの言うところの『都合のいい営業』になっちゃうような気がするんだよな」

「何がダメなんですか?」

「いや、ダメじゃないけど…」

「なんか、それって『私は都合のいい女にならないの』ってうそぶいてる割に、誰にも相手にされない人みたいですね」

「ぐぇ」

「アハハ、刺さった笑」

「いや、まぁ、な…」

「いいじゃないですか、都合のいいように使われても。ボスの言うことなんて放っておけば」

「まあ、そうなんだけど」

「何がひっかかってるんですか?っていうか、なんで都合のいいように使われることが、そんなに怖いんですか?」

「なんでだろう…都合のいいように使われて、受注が取れなかったら…と考えると怖いのかな」

「へぇ、自信がないんですね」

「ぐぇ」

「あ、刺さった笑」

「いや…」

「あ、瀕死だ…だ、大丈夫ですよ。誰だって、自分にとって都合のいい人が好きですから。話を聞こうと思うのは、自分にとって都合がよくて、心地いい人の話ですよ」

「あ、あぁ」

「だから、お客さんに都合のいいように使われるって、ホメ言葉じゃないですか」

「あぁ…ものは捉えようだな、ほんと」

「そうですよ、ボスの気まぐれに付き合うことないですよ。外で鳴いてる鈴虫みたいに、聞き流しておけばいいんじゃないですか」

『誰が鈴虫だって?』

「あ、ボス…」

「ぐぇ」