祈りと、水と、よみがえりの熊野古道・中辺路を経て、熊野本宮大社にたどり着く。
境内の奥からは、和太鼓の音が聞こえていた。
人の気配が感じられて、嬉しく思う。
バスで発心門王子前に降りてから、優に3時間。
やはり、雨の山道を歩くのは、時間がかかるようだ。
それでも、雨でなければ見えない風景が、たくさん見られたように思う。
さすがに足元はずぶ濡れになり、靴の中までびっしょりと水が染みていたが、ついさきほどまで歩いてきた雨の古道を想う。
境内に入ると、やさしい雨のなかにも凛とした空気を感じる。
拝殿を前にして。
年末に宮司が揮毫される一文字、2018年に書かれた「刻」と2019年に書かれた「叶」が掲示されていた。
2020年の今年は「咲」だそうだ。
ご神木の多羅葉の下に設置されている、八咫烏ポスト。
2年半前に訪れたときは、漆黒の色をしていた。
1年半前に訪れたときは、世界遺産登録15周年を記念して、熊野の深き山々を表す濃い緑色になっていた。
そして、今日は感染症に相対する医療関係者への感謝を表すため、青色に彩られていた。
訪れるたび、さまざまな姿を見せてくれる八咫烏。
神武天皇の東征の際に、熊野から大和への道案内をしたとされる、導きの神様。
今日もここまでの道のりを、無事に導いてくださった。
御社殿を前にして。
主祭神は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)、またの御名を素戔鳴尊(すさのおのみこと)とされ、奈良時代より色濃くなった神仏習合の流れから、阿弥陀如来の化身ともされるという。
そういえば、私が生まれた街の「津島神社」も、スサノオノミコトが主祭神だった。
ご縁があるのだろうか。
雨の中でも、多くの人が参拝に訪れていた。
手を合わせ、静かに目を閉じる。
狛犬も、時節柄マスクを着けていらっしゃった。
熊野本宮のシンボル、八咫烏の柄の入ったマスク。
この姿も様になっているが、やはりマスク無しで参拝できる世情に、早くなってほしいものだと願う。
大鳥居を前にして。
雄大さ、力強さ、実直さ、偉大さ。
それでいて、やさしさと、懐かしさ。
熊野本宮を訪れると、そのような感じを受ける。
国道を挟んで、大斎原に参拝。
明治期の大水害があるまで、社殿があった場所。
遠くに見える山々は雨に煙り。
両手の田畑は、陰と陽のようで。
日本一とされる大鳥居は、やはり大きかった。
雨に濡れる大斎原は、以前に訪れた快晴の下よりも神秘的で。
熊野川を眺めながら、在りし日の本宮を想う。
熊野を離れようとする段になっても、雨は止まなかった。
昼からは晴れの予報だったのだが。
名残惜しさが、そのまま雨になったような。
車窓に流れる水滴を眺めながら、いくつもの熊野の風景を思い出していた。
よみがえりの地、熊野。
また訪れようと思う。