「はあ…」
「どうした、苦手なリコーダーのテストで、自分の番が回ってくる前の小学生みたいな顔して」
「なんですか、それ。アタシはリコーダーと得意でしたけど。あとトライアングルも」
「トライアングルって名前、久々に聞いたな…得意とかあるんか、あれ。んで、どうした」
「いえね、もうそろそろ、取り掛からないといけない仕事があって」
「やりゃあ、いいじゃん」
「それは分かってるんですけど、めんどくさくて」
「なんだそりゃ」
「なんでこんなに、新しいことを始めるのって、めんどくさいんですかね」
「まあ、人間って、よくも悪くも変化を嫌う生きものだからなぁ。新しいことって、それだけエネルギー使うし、疲れるよ。誰でも」
「そうなんですかね…でも、新しくなくても、部屋の掃除とか、メールの返信とかはめんどくさい…」
「それは別の話のような気もするが…」
「いやぁ、一緒ですよ」
「そうなのか」
「仕事も、いま取り掛かっておけば、後から楽になるのは分かってるし、掃除とかもやればスッキリしていい気分になるのは分かってはいるんです」
「そりゃ、誰でもそうだろう」
「そうなんですけど…めんどくさいんですよね…ほんと、『めんどくさい妖怪』の倒し方、誰か教えてほしいです」
「『めんどくさい妖怪』なぁ…たしかに、強力だよな」
「えぇ…ほんと…すぐにヤツに敗れて、仕事してるふりしてネットサーフィン病とか…ベッドに吸い込まれてNetflix病とかにかかっちゃうんです」
「まあ、誰でもだな、それは」
「そうなんですかね…」
「めんどくさいことの一つの要因に、完璧主義はあるかもしれないなぁ。ほら、それがあると、始める前からあれこれ完璧に準備してから始めたがるじゃん?失敗したくないし」
「ええ、そのケは多分にあります…」
「んで、そんな完璧に準備できることってなかなかないし、その準備する量にウンザリして、めんどくさくなる…というか」
「あー、すっごくあります。アタシ、たとえば部屋の掃除しようと思って、窓ガラスの綺麗な掃除方法とかめっちゃ調べて、便利な掃除道具とか、新聞紙を使うといいとか調べるんですけど、それを準備するのにめんどくさくなって一日が終わることとか、よくあります」
「あぁ、完璧主義持ちの人にとっては、あるあるだな」
「どうしたら、めんどくさくなくなりますかね」
「まあ、ありていに言えば『完璧主義を緩めて、とりあえずやってみる』ってのが大事なんだろうけど、それができれば誰も苦労せんわな」
「ええ、ほんとに…やればいいだけだって、分かっているんですけどね…『めんどくさい妖怪』って、強いんですよね…」
「そうだな…『ダイダラボッチ』といい勝負かもしれん」
「『ダイダラボッチ』は妖怪じゃなくて神さまですよ。『もののけ姫』見てないんですか?」
「神さまも妖怪も、似たようなもんだろう。人智の及ばないもの、というか」
「えぇ…」
「『もののけ姫』といえば、ジブリの宮崎駿監督も、NHKのプロフェッショナルの流儀に出演されたときに、コンテ絵を描きながら『面倒くさい』って連発してたな」
「え、なんですかそれ」
「ググってみれば、たくさん画像出てくると思うぞ。『面倒くさい面倒くさい』ってうんざりしながら、画板に向かってたわ」
「えぇ…あの宮崎監督が…なんか意外」
「だよなぁ。なんか、勝手に意気揚々と製作活動してるようなイメージだけど、意外だったわ」
「へぇ…なんだ、アタシだけじゃなくて、宮崎監督みたいなすごい人も、『めんどくさい妖怪』に取りつかれたりするんだ」
「あぁ、みんなそうかもな」
「じゃあ『めんどくさい』って感じるから、私も偉大なクリエイターですね」
「いや、宮崎監督は『面倒くさいっていう自分の気持ちとの戦いなんだよ』とも言ってたぞ。めんどくさいのは同じでも、やるかやらないかは天と地ほども違う」
「えぇ…夢がないです…」
「結局、そうなんだよ。めんどくさかろうが、何だろうが、『やるか、やらないか』しかないんだよな」
「ぐぇ…」
「ということで、『めんどくさい妖怪』を倒すのは、『やる』『取り掛かる』しかないのかもしれないな」
「ざんねんですが…今日は『めんどくさい妖怪』に負けます…」
「はやっ」