いよいよ師走も近く、風は冷たく。
深呼吸をすると、胸がその冷たい空気で満たされる。
痛いくらいのその冷気で、肺から身体が清められるような気がする。
冬の、心地よさの一つだ。
そんな冷たさが、戻ってきた。
それでも、まだ日中は、陽が暖かく。
どこか、その陽の色に、遠い夏の名残を探している。
その空の色に、遠い日の記憶をたどっている。
そんな空が見えたのは、ごくわずかな時間で。
大がかりな舞台道具の入れ替えがある幕間のように、帳が降りる。
見れば、月、満ちて。
満月が二回あると言っていたのは、先月のことだっただろうか。
気づけば霜月も終わり。
ほんの少し前まで、残暑がどうのこうの、中秋の名月が、と言っていたような気がするが、季節は淡々と流れる。
いつも、私たちが触れられるのは、目の前の何かでしかないことを思えば、それも当たり前のようにも感じられる。
他人の腹痛を、味わうことができないように。
過ぎ去った春の花の色や、夏の草いきれ、あるいは秋の虫の音をどうこうすることはできない。
ただ、いつも目の前に差し出された景色を。
ただあるがままに、見ることしかできないんだ。
それは、何もできることがない無力なような気もしつつ。
それでいて、何も心配することもないような気もする。
何せ、すべて、差し出されてくるのだから。