大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

吉田松陰「留魂録」に寄せて。

折に触れて、「留魂録」を読み返す。

幕末に生きた思想家・教育者である吉田松陰。
自ら開いた私塾「松下村塾」において、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋といった、明治維新において極めて重要な役割を果たした志士を輩出した。

その松陰が、安政の大獄にて捕縛され、獄中で執筆されたとされる「留魂録」。
取り調べの過程で死を覚悟した松陰は、父親をはじめとする親族に宛てた手紙を書いた後、松下村塾門下生に宛てた手紙、すなわち「留魂録」の執筆にとりかかる。

その「留魂録」を、わずか2日で書き上げたその翌日、松陰は処刑される。

わずか5,000字ほどに過ぎない、この遺書ともいうべき「留魂録」は、死を直面してなお、愛弟子に激励を送り、切々と訴えかける言葉が並び、読む者の胸を打つ。

死を前にして、これほどに、人は冷静になれるものだろうか。
読むたびに、畏敬の念を禁じ得ない。

享年、満29歳。
三十年にも満たない年齢にして、この精神性の高さ。

その松陰なればこそ、死を賭して国家の大事と向き合う志士を育て上げることができたのかもしれない。

「留魂録」には、捕縛にいたる過程や、裁判のやり取り、そして門下生に対して送られた激励が並ぶ。
死が迫りながらも、門下生への気遣い、深い愛情の眼差しを失わない筆に、圧倒される。

それにもまして、何度読んでも胸を打たれるのは、松陰の死生観を季節のめぐりに喩えた第八章である。

少し長いが、一部分だけ切り取ることも難しいので、そのまま引用させていただく。

〔第八章〕

一、今日死を決するの安心は四時(しじ)の循環に於て得る所あり。蓋し彼の禾稼(かか)を見るに、春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋至れば人皆其の歳功の成るを悦び、酒を造り醴(れい)を為(つく)り、村野歓声あり。未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然れども義卿の身を以て云へば、是れ亦秀実の時なり、何ぞ必ずしも哀しまん。何となれば人寿は定りなし、禾稼(かか)の必ず四時を経る如きに非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。十歳を以て短しとするは蟪蛄(けいこ)をして霊椿たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉史しく命に達せずとす。義卿三十、四時已に備はる、亦秀で亦実る、其の秕(しいな)あると其の粟たると吾が知る所に非ず。若し同志の士其の微衷を憐み継紹(けいしょう)の人あらば、乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年(ゆうねん)に恥ざるなり。同志其れ是れを考思せよ。

 

<現代語訳>

 一、今日、私が死を目前にして、平安な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。

 つまり農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々歓声が満ちあふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。

 私は三十歳で生を終わろうとしている。いまだ一つも成し遂げることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのである。

 なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が必ず四季をめぐっていとなまれるようなものではないのだ。しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。十歳にして死ぬ者には、その十歳の中におのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が、三十歳にはおのずから三十歳の四季が、五十、百歳にもおのずから四季がある。

 十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。

 私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なるモミガラなのか、成熟した粟の実であるのかは私の知るところではない。もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐み、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい。

 

吉田松陰「留魂録」
全訳注 古川薫
講談社学術文庫p.97~101

松陰は言う。
死を目前にしてなお、平穏な心を保っていられるのは、四季について考えているからだ、と。

何歳かは分からないが、人は必ず死ぬ。
それを短い・長いというのは、おかしなことだ。
十歳であれ、百歳であれ、それは天寿であり、その人生には四季の移ろいがある、と。

そして、自分自身の人生には、すでに実をつけている。
それがモミガラであるのか、成熟した貴重な実であるのかは、自分の知ったことではない、と。

齢、29歳。
死を前にして悟りえた死生観の高み。

読むたびに、その精神性の高さに畏怖し、日本の近代国家としての礎を築く中で失われた、多くの尊い命を想う。

私の人生の季節は、いまどの季節にいるのだろうか。

その季節が流れるたびに、読み返したくなる名文である。

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