「おとう」
隣の布団でごそごそとしていた娘が、声をかけてきた。
幼いころから寝つきが抜群にいい娘が、寝がけに話し掛けてくるのはめずらしい。
少し、間が空いた。
その間は、どこか次の言葉を紡ぐのをためらっているようにも感じられた。
何か、悩みでもあるのだろうか。
子どもを、いつまでも子ども扱いしてしまうのは、いつの世もどの親も同じなのだろう。
彼女は彼女で、日々いろんな世界、いろんな言葉に触れ、いろんなことを思うのだろう。
両の手で抱いた、小さな小さな赤子のままでいるような錯覚に陥ってしまうが、一人の個人として尊重し、接することを覚えないといけない。
それは、なかなかに難しいことではあるのだが。
「どうしたの。眠れないの?」
少し、ドキドキしながらも、言葉をつなぐ。
「あの」
娘は、やはり躊躇しているようだ。
少しの、静寂。
そんなときは、待つのが一番だ。
しかし、意を決したように発した娘の言葉は、予想外のものだった。
「せなか、べちゃべちゃ」
「は?」
電気をつけて娘の背中を触れると、パジャマがしっとりとしていた。
風呂上りに、途中だったゲームの続きが早くやりたくて、ろくに身体を拭かずに下着を着たのだろう。
そのまま放っていおいて布団に入ったが、どうも気持ち悪い。
けれど、寒いから着替えるのもめんどくさい。
おおかた、そんなところだろう。
ズボラというか、大らかというか。
そんな性分の娘らしい、夜の一幕。
えへへ、と小恥ずかしそうな顔をする娘。
リビングから新しい下着とパジャマを持ってきて、着替えさせる。
ようやくすっきりしたのか、娘はいそいそと布団に深くもぐりこむ。
「おとう」
「ん」
「ありがとう」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
そう言うか、言わないかの間に、娘は寝息を立てはじめた。