大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

せなか、べちゃべちゃ。

「おとう」

隣の布団でごそごそとしていた娘が、声をかけてきた。

幼いころから寝つきが抜群にいい娘が、寝がけに話し掛けてくるのはめずらしい。

少し、間が空いた。

その間は、どこか次の言葉を紡ぐのをためらっているようにも感じられた。

何か、悩みでもあるのだろうか。

子どもを、いつまでも子ども扱いしてしまうのは、いつの世もどの親も同じなのだろう。

彼女は彼女で、日々いろんな世界、いろんな言葉に触れ、いろんなことを思うのだろう。

両の手で抱いた、小さな小さな赤子のままでいるような錯覚に陥ってしまうが、一人の個人として尊重し、接することを覚えないといけない。

それは、なかなかに難しいことではあるのだが。

「どうしたの。眠れないの?」

少し、ドキドキしながらも、言葉をつなぐ。

「あの」

娘は、やはり躊躇しているようだ。

少しの、静寂。

そんなときは、待つのが一番だ。

しかし、意を決したように発した娘の言葉は、予想外のものだった。

「せなか、べちゃべちゃ」

「は?」

電気をつけて娘の背中を触れると、パジャマがしっとりとしていた。

風呂上りに、途中だったゲームの続きが早くやりたくて、ろくに身体を拭かずに下着を着たのだろう。

そのまま放っていおいて布団に入ったが、どうも気持ち悪い。

けれど、寒いから着替えるのもめんどくさい。

おおかた、そんなところだろう。

ズボラというか、大らかというか。

そんな性分の娘らしい、夜の一幕。

えへへ、と小恥ずかしそうな顔をする娘。

リビングから新しい下着とパジャマを持ってきて、着替えさせる。

ようやくすっきりしたのか、娘はいそいそと布団に深くもぐりこむ。

「おとう」

「ん」

「ありがとう」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

そう言うか、言わないかの間に、娘は寝息を立てはじめた。