息子は、遠いからついてこない、と言った。
もう墓参りというイベントも、退屈な年ごろになってしまったのだろう。
寂しさに敏い娘が、出がけについてくると言ったが、結局はやめておくことになった。
ここのところ、何度かついてきてくれていたので、久しぶりに一人での墓参になった。
一人暮らしをしていたころ。
よく、一人で墓参りに行っていたのを思い出す。
盆、暮れ正月が書き入れ時だった仕事の都合上、何でもない平日に、一人で行ってきた。
車も持っていなかったので、バスに揺られて。
あのころ、何を思っていたのだろう。
十年ひと昔というが、ひと昔どころか、ふた昔近くも前のこと、あまり思い出せない。
バスの一番後ろの座席で、故郷に至る道中の風景を、眺めていた。
今日は、また違った感慨があるのだろうか。
そう思ったが、頭に浮かぶのは締め切りの迫った原稿のことばかり。
一時間ほど、着いた故郷の空は、まだら模様だった。
水汲み場で、年配の女性の方が水を汲んでいた。
手押し車に、綺麗な梅の花を挿していた。
お墓まで運びますよ、と声をかけた。
いいですよ、悪いからと言うのを、半ば強引に手桶を運ぶ。
女性が立ち止まった墓には、手押し車と同じような紅白の梅の花が咲いていた。
あら、まだこんなに綺麗なら、要らなかったわねぇ
そう独りごちる女性に挨拶をして、自分も手桶に水を汲みに行く。
昨日は春らしい陽気だったが、今日はうって変わって、冬に逆戻りしたように肌寒い。
けれど、そのおかげか、昨日は目のかゆみとくしゃみがひどかったのだが、今日はずいぶんと楽なようだ。
それにしても肌寒い。
薄手のジャンパーではなくて、コートを着てくればよかったと思いつつ、手桶を運ぶ。
境内には誰もおらず、鳥の声だけが響いていた。
冷たい水に顔をしかめながらも、墓を磨く。
墓石に刻まれた名前と日付に、時の流れを想う。
手元がすべり、火の点いた線香をばらばらと落としてしまった。
あわてて拾ったが、何本かの線香は火が消えてしまった。
不細工な形になってしまったが、母は笑って許してくれるだろう。
手を合わせて、目を閉じる。
手桶を返して見上げた空は、先ほどとずいぶんと模様が変わっていた。
雲は、あんなにも早く流れるのだな、などと思った。