大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

仁川の盾は、名手に導かれて。 ~2021年 天皇賞・春 回顧

京都競馬場の改修工事により、27年ぶりに舞台を淀から仁川に移した2021年の天皇賞・春。
淀の坂越えを2回というタフなコースは、阪神外回りから内回りという特異なコースに変わっての決戦となった。

前回の仁川決戦だった1994年は、岡部幸雄騎手とビワハヤヒデがナリタタイシンを退け、前年クラシックを争った「BWN」三強から、現役最強へと駆け上がっていった。

あれから四半世紀あまり。
スピード重視の世界的な潮流は、日本の競馬界も例外なく呑み込まれ、ステイヤーは絶滅危惧種となった。
2021年の天皇賞には、GⅠ馬が2頭、それに条件馬すらも出走するという、往年を振り返ると少々寂しいメンバー構成になった。

それでも、天皇賞・春は、私の最も好きなレースの一つであることに変わりはない。
刻一刻と変化するレース展開、騎手同士のかけひき、そして死力の限りを尽くしてスタミナの限界に挑む優駿たち…長距離レースには、競馬の魅力が詰まっている。
そんな長距離レースの魅力を堪能できることを楽しみにしながら、仁川のゲートは開いた。

戦前の予想通り、ディアスティマが逃げを打ち、刻んだペースは前半1000mが1分を切るあたり。
午前中まで雨が残っていたように、良馬場発表ながらタフな馬場状態を考えると、速めの淀みのないペースだったのではないか。
北村友一騎手の落馬負傷により、当日乗り替わりとなっていた坂井瑠星騎手は、積極的な競馬を見せていたように思う。

番手にジャコマル、そしてカレンブーケドールと戸崎圭太騎手は3番手追走。
そして先頭集団の一番後ろの外目から、1番人気のディープボンドと和田竜二騎手。
その集団が切れたポケットに、アリストテレスとクリストフ・ルメール騎手。
それを外から見るように、スタートから少し出していっていたワールドプレミアと福永祐一騎手。

ルメール騎手と福永騎手だけが、周りに馬を置かずに泰然としているように見えた。

3コーナーを回って、ディープボンドが早めに動いて勝負をかける。
それを捕まえにかかるカレンブーケドール。
それを目掛けて追い出す、アリストテレス。
そして満を持して、大外からワールドプレミアが飛んできた。

大外からのワールドプレミアの脚色がいい。
最後は、ディープボンドに3/4馬身の差をつけて、差し切った。

ワールドプレミアが、仁川の天皇盾決戦を制した。

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1着、ワールドプレミア。

2019年菊花賞以来の勝利は、ステイヤーの勲章となる天皇盾。
着差はわずかながら、まだまだ走り足りないといった感もあり、まさに長距離王者の趣き。
群雄割拠すれども、結局GⅠは「格」。
そう言いたくなるような、貫禄の勝利。

父・ディープインパクトは、これで産駒が3年連続で勝利。
キズナで有名な母父・Storm Catとの黄金配合は、仕上がりの早さや切れ味を引き出すが、ワールドプレミアのように欧州色の強い母系と合わせると、タフさとスタミナ、そして大舞台での底力がゆっくりと完成されていくようだ。
あらためて、その血の奥深さには驚かされる。

何より、鞍上の福永祐一騎手の見事な騎乗が、今日の勝利に結びついたことは疑いようがない。

阪神3200mというレアな舞台にもかかわらず、スタートからの道中の位置取りから仕掛けまで、これぞ「長距離は騎手で選べ」とでも言いたくなるような、完璧な騎乗。

この勝利で、父・福永洋一騎手との父子天皇賞制覇を達成した。

稀代のクセ馬をなだめて勝ってしまったり、追い込み馬で逃げたりと、「天才」の名をほしいままにした福永洋一騎手。

洋一騎手の天皇賞といえば、「気まぐれジョージ」ことエリモジョージが勝った1976年の天皇賞・春だったか。

それはともかくとして。
ワグネリアンでダービーを勝った頃からか、それともコントレイルとともに三冠の重圧に耐え抜いた頃からか。
いつの頃からか、福永祐一騎手は、ある種の「凄み」というか、そういったものを纏ってきたように感じる。

それは、父のように多くの人を驚かせるような騎乗によってではない。
傍から見ると、簡単に乗って勝っているように見えて、そのために積み重ねられてきたものの重みによって、だろうか。

最内枠の難しいスタートから、ポジション取り、そして外に持ち出し、仕掛けるタイミング…どれもが、磨き抜かれた職人の芸術を見るようだった。

今後も、その芸術を堪能できるレースを、楽しみにしたい。

 

2着、ディープボンド。

3200mの長距離で、外々を回りながら、抜け出したカレンブーケドールに鈴をつけに行くという、一番強い競馬をしての2着。
長距離得意の和田竜二騎手らしい、正攻法の競馬だった。
勝ち馬に目標にされ、最後に交わされたが、枠の差を考えるとよく走っている。

皐月賞10着、ダービー5着、菊花賞4着と、決して天才肌ではないが、着実に力をつけてきた同馬。
前走、阪神大賞典の走りが、フロックではなかったことを証明した。

それにしても、父・キズナ、母父・キングヘイローから、こうしたステイヤーが出るとは、やはり血統とは面白いものだ。

勝ち馬同様、今後のレース選択が注目されるが、中距離の一線級との再戦を楽しみにしたい。

 

3着、カレンブーケドール。

前2頭の後ろのポジションを積極的に取って、ディアスティマを早めに捕まえに行く展開。
3歳時以来の騎乗となった戸崎圭太騎手は、GⅠで好走実績のある同馬を、正攻法で勝たせにいった形か。
最後に2頭に差されたのは、展開の差か、それとも長距離への適性の差か。

とはいえ、トップクラスの能力を変わらず保持していることは見て取れた。
何よりも、牝馬で3200mの春の盾に挑戦するスピリットに、敬意を表したい。

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福永騎手の見事な騎乗と、それに応えたワールドプレミア。
長距離戦の魅力を凝縮したような、素晴らしいレースだった。

GⅠ大阪杯、あるいはドバイや香港との兼ね合いもあり、今後も春の天皇賞にはメンバーが集まりづらい情勢は続くと思われる。
けれど願わくば、今後も長距離の大舞台で、名手の手綱さばきが堪能したいと感じた、2021年の春の天皇賞だった。

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