大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。それでも、愛することを諦めきれないあなたへ。

定点観測と記憶について。 ~愛知県名古屋市「熱田神宮」訪問記

また熱田の杜を、訪れた。
前回訪れたのは、先月の穀雨のころだったか。

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駐車場に車を停めて降りると、緑の鮮やかさが目に飛び込んできた。
目に眩しいくらいの、新緑。

先月訪れたときは、そんな風には感じなかったのだが。
まるで、目に映るすべての葉が、入れ替わってしまったような錯覚に陥るかのようだ。

遠くで、境内に放し飼いになっている鶏が鳴く声が聞こえる。
吹く風が、心地よい。

立夏も次侯、蚯蚓出(みみずいずる)。
生命力が満ちあふれる、ほんとうに気持ちがいい季節になった。

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南門すぐの別宮、上知我麻神社。
えびすさまと、だいこくさまにいのりを。

冬にここで咲いていた椿の木は、青々とした葉で覆われていた。
そんなふうに、四季折々の記憶が重なることもまた、楽しいものだ。

それは、何度も足を運ぶからこそ受ける、恩恵なのかもしれない。

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定点観測。
ふと、そんな言葉が思い浮かぶ。

ともすると、すぐに誰かと比較してしまいがちだけれど。
ほんとうに必要なのは、きっと過去の自分との違いを見ることなのだろう。

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一月前は、なにをしていたか。
一年前は、なにをしていたか。

変わったところは、どこだろう。
成長したところは、どこだろう。

気付けば、深い緑に色に変わっていた、この木々のように。
どこか、変わっている部分はあるものだ。

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本宮も、また新緑に覆われているようで。
この熱田の杜の名のとおり、とてもこの季節がしっくりくるような気がした。

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翼を広げたような、初夏の木漏れ日。
その陽射しが心地よく、しばし参道でぼんやりとしていた。

今日この日の陽射しも、またいつか思い出すのだろう。
これまでの記憶と、同じように。