大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

咲いていた朝顔と、出会いの記憶について。

いつもと違う道、淡い藤色をした花弁が咲いている。

何の花だろうと思い、道行く人の邪魔にならないように足を止める。

 

花弁の形、蔦の色、そして開く前のしゅるしゅるとした蕾の形。

朝顔の一種だろうか。

さすがに時期的に早いような気がしたが、それでもその特徴は、朝顔のそれだった。

 

ここのところ、5月中旬というより、もう梅雨入りしそうな湿気の高さと、蒸すような暑さがやってきている。

朝顔といえば、その梅雨が明けた7月あたりの花のように思うのだが、目の前のその花は、記憶の中の朝顔と一致しているようだった。

 

 

7月の下旬、1学期の修了式が終わり、私は朝顔の鉢植えを持って帰っていた。

息子と娘も、小学校1年生で朝顔を育てていたから、私の時代と変わっていなければ、私のその記憶は小学校1年生ということになる。

 

梅雨明けした夏の陽射しはまぶしく、額の汗を拭いながら見上げたそれは、虹色に輝いていた。

遠くのお山に、入道雲がかかっていた。

朝顔の鉢植えは重かったが、それは夏休みに入った解放感と、等価のバランスを取っているようにも思えた。

 

もう30年以上も前の話だ、正確な記憶というよりは、心象記憶のようなものかもしれない。

 

夏休みに入り、学校に行かなくていいことは、私にとって喜ばしいことだった。

特に、学校が嫌だったというわけでもない。

体育と図画工作は苦手だったが、淡々としていたように思う。

 

夏休みに入ったから、何かできるわけでもない。

周りに、そんなに親しい友だちが、あまりいなかったような気がする。

違う学区の幼稚園から転入した私にとって、小学校には誰も知り合いがいなかったからだ。

 

とはいえ、子どものこと、しばらくすれば仲のいい友だちもできる。

缶蹴り、ポコペン、ドロケイといった遊びで、日が暮れるまで走り回っていた記憶もあるのだから、のちに友だちはできたのだろう。

 

 

考えてみると、いつも節目節目で、私は一人になる。

新しい環境に、異邦人のように一人たたずんでいた。

 

小学校に上がるとき。

高校に進学したとき。

上京したとき。

Uターンで就職したとき。

職を変えたとき。

 

誰しもが、そうなのだろうか。

新しい環境、新しい土地、新しい仕事。

それぞれ状況は違うが、いつも一人になっていた。

 

振り返って考えると、「一人にならない」選択肢もあったのだろうけれど。

いつも、そうしない選択肢を選び、そして人の波の中で、寂しさを感じていたようにも思う。

 

そういう環境だから、寂しかったのか。

それとも、もともと大容量の寂しさを持っているから、そういう環境を選ぶのか。

 

おそらくは、どちらも正しいのだろう。

 

だからどう、というわけでもない。

ただ、その淡い色の朝顔を眺めていると、いろんなことが思い出されてくるようだった。

 

 

それでも振り返ってみると、一人になったとき、いろんな出会いが訪れた。

袖振り合うも他生の縁とは申せど、出会いと縁は不思議なものだ。

 

その時々で、さまざまな出会いはあれど。

そのときに、必要な出会いだったようにも思う。

 

節目節目で、私は一人になってきた。

乾いた鉢植えに水をあげるように、寂しさと孤独を飼い育てていたようにも思う。

 

節目節目で、私は一人になってきた。

もし、それがほんとうだとしたら。

 

それは、出会うために一人になっていたのかもしれない。

 

そんなことを想う帰りしな、朝顔のいた道を通る。

 

まだ、こちらを向いて微笑んでいた。

明日の朝には、その隣の蕾は開くだろうか、などと思った。

 

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