大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

区切りの脱稿と、脱力と。

本日、ご依頼頂いておりました競馬関係の原稿を、無事に納品することができました。

 

6月から抱えていた案件で、都合6本執筆させて頂きました。

振り返れば、カウンセラーとしての学びを深める中でもがき苦しんでいたり、依頼された内容を取り違えて納期遅延したり、別件で個人的に応募する作品を書く時期と重なったり、非常にバタバタとした時期もある中での「6本追い」になっておりましたが、何とか今日の脱稿を迎えることができました。

 

脱稿が終わった解放感は、やはり何とも言えず、格別なものです。

 

それもこれも、皆さまからの応援のおかげです。

ありがとうございます。

 

 

それにしても、「書く」というのは、不思議なものです。

 

パソコンに向かって実際に書いている時間は、それほど長いわけでもないのです。

けれど、結局そこに至るまでに、いつも頭の中にその原稿のことが離れず、考えています。

 

いざ書き始めようとすると、とても怖くなります。

 

選ぶ一つの言葉、一つの句読点の有無、あるいは一つの語順に、自分という人間の襞が、現れているようで。

それが読まれることを考えると、裸の自分を見られているような感覚になり、怖くなり。

 

そして、孤独になります。

とても静かで、深海に沈んでいるような。

 

ほんとうに、これを出していいのだろうか。

自分は何か、とんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。

 

いろいろと、こころがざわざわして、キーボードを打つ手が止まり、パソコンの画面を見るのが怖くなります。

 

ええ、自意識過剰の、バリバリの他人軸です。お恥ずかしい。

 

 

けれど、それでも。

 

なんだかんだ言いながらも、書くことができたのは、やはり応援してくれた方々の顔が、浮かんでくるからです。

 

私を、今日ここまで、導いてくださった方々。

 

そのおかげで、今日こうして書いている。

それを想うと、一つ一つの言葉、文を紡いでいくことができるようです。

 

怖さも、孤独も、そのままに。

消えることはありませんが、そのままで、画面に文字を埋めていくことはできるようです。

 

そうは言っても、やっぱり怖いんですけどね。

 

 

何はともあれ、脱稿の解放感と脱力を、しばし味わいたいと思います。

そして、また寄稿した原稿の詳細については、時期が来ましたらご報告させて頂きます。

 

あたらめまして、いつも応援してくださり、ありがとうございます。