大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

若き天才の戴冠と、想起される23年前。 ~2021年菊花賞 回顧

皐月賞馬、ダービー馬ともに不在となった2021年の菊花賞。
乱菊と呼ぶにふさわしく、直前まで1番人気だったステラヴェローチェのオッズは4倍を推移していた。

菊花賞で単勝1番人気が4.0倍を超えたのは、過去2回。
1995年のダンスパートナー(4.9倍、5着)と、2017年のキセキ(4.5倍、1着)の2回のみ。「最も強い馬が勝つ」とされてきた菊花賞の歴史においても、今年は史上まれにみる混戦となった。

最終的に1番人気は中京の不良馬場で行われた前哨戦の神戸新聞杯2着のレッドジェネシスと川田将雅騎手、同レース1着のステラヴェローチェと吉田隼人騎手が差のない2番人気で続く。
昨年末のホープフルステークス2着からセントライト記念で復帰(2着)したオーソクレースとクリストフ・ルメール騎手が3番人気で続き、皐月賞2着、日本ダービー6着と春のGⅠで結果を出しているタイトルホルダーと横山武史騎手が4番人気で、ここまでが10倍以下のオッズ。

セントライト記念を制したアサマノイタズラ、牝馬ながらここに挑戦してきたディヴァインラヴ、ダービー以来のぶっつけで挑むディープモンスターなど、春の実績馬と上り馬、別路線からの挑戦など、実に多様な18頭の精鋭が揃った。

京都競馬場の改修により、実に42年ぶりの阪神開催となった2021年菊花賞。
仁川の空を分厚い雲が覆う下、ファンファーレが鳴り響く。

五分のスタートから、押して押してタイトルホルダーと横山武史騎手がハナを主張する。最内からワールドリバイバルと津村明秀騎手も並びかけようとするが、それを制するように、さらに押して主張する横山武史騎手。

結果から見ると、ここが大きなポイントだった。
3000mの長距離、押してかかってしまったら、一巻の終わりになることは目に見えている。それでも、横山武史騎手は勇気を出して、馬を前に出していった。

先手を奪ったタイトルホルダーは軽快に飛ばし、1000mを60秒ジャストの淀みないペースで逃げていく。

人気のステラヴェローチェ、オーソクレースは中団よりやや後方、さらに1番人気のレッドジェネシスは後方から2番手の位置取り。隊列の前半分はバラついているものの、後ろ半分は密集した馬群を形成している。

追いかける位置に、上位人気勢がいなかったことも、タイトルホルダーにとっては楽な展開だったか。1000mを通過し、2周目に入っていくとペースを落とし、息を入れさせる。

内回りコースの2周目、後続勢が差を詰めにかかるも、再度エンジンを点火するタイトルホルダー。4コーナーを抜群の手応えで回る。

余力十分に伸びるタイトルホルダー、後続との差が開く。

後方から差を詰めてきたステラヴェローチェとオーソクレース、そして先行していたディヴァインラヴが前残りを狙う。

しかし、まったく届かない。そのはるか5馬身前方で、タイトルホルダーはクラシック最後の一冠のゴール板を通過していた。

2着に差してきたオーソクレース、3着に紅一点のディヴァインラヴが頑張り、ステラヴェローチェは4着。1番人気のレッドジェネシスは伸びあぐね、13着に敗れた。

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1着、タイトルホルダー。
トライアルのセントライト記念で1番人気を背負い13着の大敗から、鮮やかに巻き返して三冠最後の一冠を奪取。その大敗で腹を括った横山武史騎手のエスコートが、あまりにも見事だった。

急ー緩ー急の、お手本のような美しい逃げ。
「ハナを切る」という強い意思のスタートからの序盤、前半1000mは60秒ジャストと、62秒台で流れていたここ数年と比較しても、かなり早いペースでリードを保つ。中間1000mを65秒4で後続を引き付け、そして最後の1000mは再度加速して59秒2でまとめた。
内回り1周半の阪神コースで、このラップを刻まれては、後続はなす術がない。

想起されるのは、セイウンスカイが同じように逃げ切った、1998年の菊花賞。
今日と同じように、急(59秒6)ー緩(64秒3)ー急(59秒3)の美しいラップを刻み、芝3000mの世界レコード(当時)でスペシャルウィーク以下を完封した。

鞍上には、横山武史騎手の父、横山典弘騎手。天才と称される横山典弘騎手の、名騎乗の一つに数えられる勝利だった。

その1998年に生を受けたのが、横山武史騎手。
22歳で父の名騎乗を彷彿とさせる今日の菊花賞だったが、この若き天才は、どこまで進化するのだろう。

インタビューで今年の春のダービーの悔しさ(エフフォーリア、2着)が口を突いて出ていた、そのダービーの無念を晴らす、見事な戴冠だった。
タラレバの話をしてもしょうがないが、もし仮にダービーをエフフォーリアで制していたら、無敗三冠を狙ったのだろうか。もしそうなら、このタイトルホルダーの菊花賞もまた別の展開になっていただろうし、ものごとのアヤというか、ドラマというか、何というか、そういったものを感じてしまう。

そして、奇しくもこの日、二人のレジェンドが大記録を達成していた。
第一人者、武豊騎手が前人未到の通算4300勝をマーク。さらには熊沢重文騎手が、不滅とされてきた、星野忍騎手の障害最多勝記録を更新した。武豊騎手といえば、初めてのGⅠ勝利がスーパークリークの菊花賞だったことを思い出す。

レジェンド二人が大記録をマークした記念すべき日に、有り余る才気を見せつけてくれた、横山武史騎手。

歴史は、繰り返す。

いつか、今日という日をいつか振り返った時。
レジェンドの記録達成と、若き天才の見事な騎乗が交差する、歴史的な一日になったとしているのかもしれない。

タイトルホルダー自身も、その馬名の通りとなる、意地の三冠目奪取。
今年8月31日に急逝した、父・ドゥラメンテに捧げる勝利。骨折で出走することも叶わなかった父に代わって、最後の菊の大輪を咲かせた。

横山武史騎手の騎乗も見事な上、展開も向いたととれるが、それでもGⅠで2着に5馬身差をつけるのは、並大抵のことではない。
グレード制導入以降、2着に5馬身差をつけて勝った菊花賞馬は、1988年スーパークリーク、1993年ビワハヤヒデ、1994年ナリタブライアン、2013年エピファネイアの5頭のみとのこと。その名前の並びに、タイトルホルダーの今後を期待せずにはいられない。

そして、皐月賞、ダービーと世代トップクラスで走ってきた実績は、やはり強かったといえる。エフフォーリア、シャフリヤールとの再戦が、楽しみになった。今日のように、前々でしぶとさを発揮する展開になれば、面白い。

前が詰まったセントライト記念を度外視するなら、弥生賞ディープインパクト記念、皐月賞と結果を出している中山コースでこそ、そのよさが活きそうだ。
12月、有馬記念があるが、さて。

2着、オーソクレース。
大外18番枠のスタートから中団後方あたりに待機、コースロスを最小限に抑えながら、仕掛けどころを狙うルメール騎手の手腕が光った。
仕掛けからしっかりと伸びる脚は、父・エピファネイアよりも母・マリアライトから受け継いだ色が濃いように見える。

昨年末のホープフルステークス2着から骨折、長期休養をはさんでセントライト記念で3着。さらに初の関西輸送、初の距離と難しい条件が揃ったなかでの2着は、非常に価値がある。
前述の母・マリアライト、母の母・クリソプレーズと、晩成傾向の強い母系だけに、まさにこれからの走りが楽しみになった。

3着、ディヴァインラヴ。
これには驚いた。7月に2600mの1勝クラス、9月に2200mの2勝クラスを連勝しての、この舞台。ずいぶん前から、陣営はここを意識していたのだろうか。

そして何より、福永祐一騎手の騎乗が素晴らしい。
隊列の前半分と後ろ半分の中間に位置を取り、長い道中を注意深く進めていたのが印象的。外に持ち出すタイミングも見事で、福永騎手の腕なくしては、成し得なかった3着だと感じる。

今年の天皇賞・春の騎乗も見事だったし、ここで何度も書いているように、福永騎手の騎乗はますます冴えわたるばかりだ。

「長距離は騎手で買え」とは手垢にまみれた格言の一つだが、まさにそのような結果になった2021年の菊花賞だった。
2着クリストフ・ルメール騎手、3着福永祐一騎手、4着吉田隼人騎手、5着武豊騎手。まさに、当代を代表する騎手が手綱を取った馬が、上位に来た。

それだけに。
それだけに、彼らを向こうに回し、絶妙なペースで逃げ切った横山武史騎手の騎乗は、22歳の若武者とは思えぬ、末恐ろしささえ感じさせるものだった。

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若き天才の戴冠と、想起される23年前。
世代最後の一冠は、名騎乗とともに。

23年前の記憶に、息吹を吹き込んでくれた2021年菊花賞。
若き天才が、その才気を世に放った。

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以前に寄稿したセイウンスカイの記事です。あわせてどうぞ。

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