大嵜直人のブログ

たいせつな何かをなくした心に、ともしびを。

ストレッチ日記 ~当たり前の知識を、体感に落とし込むこと。

なんだかんだと言いながら続けている、ストレッチ。
一日の終わりに、深く呼吸をしながら思考を緩めることのできる、貴重な時間となっています。

昨年の8月あたりから始めて、1年3か月ほどになります。
おさぼりする日もありますが、ここのところは割と、毎日続けております。
始めるまでは億劫なのですが、終わった後の達成感と、身体の心地よさは格別なものがあります。

しばらく変化がないように感じていたのですが、ここ最近、少し身体がやわらかくなったような気がします。
座った状態で開脚して、両手を前に出しながら上半身を前に倒していくと、楽に両手の肘が床につくのです。わかりづらい表現ですいません笑

以前は、床に手をつくのも苦しかったのを考えると、格段の進歩であります。

普通に考えると、身体が柔らかいのは外気温が高い「夏」で、その反対に身体が縮こまるのは寒い「冬」だと思うのです。
折しも立冬も過ぎ、徐々に気温が下がっていく時候ですから、身体の方も縮こまって硬くなるような気がします。

しかし、ここのところの私は、なぜか「夏」を越してから、身体が柔らかくなっているような気がします。不思議なものです。

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技術や言語の習得と、ストレッチも似たような性質があるのかもしれません。
それは、「直線状」に上達していくのではなくて、「階段状」に進んでいく、ということです。

今日よりも明日、明日よりも明後日、という形で徐々に上達していくというよりも、なかなか上手くならないなーと悶々としていたある日、ぱっと視界が開けたように上手くなる。
第二言語の習得、あるいは楽器やスポーツなどの練習をしていて、そんな経験をされた方も多いのではないでしょうか。

踊り場のような時期が続いて、あるとき急激にうまくなる。
その踊り場の時期は、上手くなった気がしないので、続けることが非常に苦痛なのですが、振り返るとその時期が大事なことが多いように感じます。

ストレッチを続けることも、似たような性質があるのかもしれません。
身体のことですから、日々体調も変われば、気温や湿度といった外的な要因も変わります。
けれど、何かあるときを超えると、ふっと力が抜けるようにやわらかくなる。

ストレッチをしようとすると、私のような身体の硬い者は「うんうんと頑張って力を入れて、身体を伸ばす」イメージを持ってしまうのですが、どうもここのことろ、逆のように感じます。
やわらかい身体とは、無駄な力が抜けている身体ではないかと思います。

まあ、身体が硬い=筋肉や関節が緊張しているのでしょうから、当たり前といえば、当たり前なのですが。
その頭で考えた当たり前を、身体を使って体感することは、とても有意義なことのように思います。

「力を抜いて演奏しなさい」、「力を抜いて走りなさい」と言われたところで、力を抜く体感を知らなければ、できようがないでしょうから。
当たり前の知識を体感に落としていく作業は、楽しいものです。

そんなこんなのストレッチですが、また今日も楽しみたいと思います。