大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

次代を、生きる。 ~2021年 東京スポーツ杯2歳ステークス 観戦記

久しぶりの府中は、記憶の中と変わらない姿をしていた。
けれど、あるべきはずの熱気は、記憶の中のそれとは違っていた。

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まばらな人影、抑えられた声援、飲食店の間引き営業…
あの日の熱気を思い出し、少しの寂寥感を覚えながらも、それでもこうして開催を続けていることに感謝したいと思う。

競馬に限らずだが、未曽有の感染症禍は実に多くのものの形を変えてしまった。
ビジネス、エンタメ、人間関係…2020年を経験した私たちは、もうそれ以前には戻れない身体になってしまった。

感染者数が落ち着いてくるとともに、揺り戻しは起こるだろうが、一度傾いた流れは止めようがないのだろう。
「早く元に戻るといいですね」などという台詞を耳では聞きながらも、意識の底では「もう、完全に以前の形に戻ることは無い」とどこか気付いている。

2020年までは、「人が集まること」に価値があった。
これからは「人が集まらない前提」に、変わっていくのだろうか。

いつでもどこでも、非同期でつながれるオンラインの利便性と価値は、ますます上がる。それは逆説的に、オフラインの価値をも再構築する。
しかし、そこでのオフラインの価値は、以前と同じではない。

シンボリックな、あるいは権威づけられたオフラインは、苦戦するかもしれない。
その人が本当に好きで、価値を認めるものにしか、オフラインのコストを払わなくなるのだろう。

誰もが認める品質を持った一握りのオフラインか、タコツボ的な「ファン」を持つ数多のそれか。いずれかにしか、オフラインの価値はなくなるようにも感じる。

オフラインが、オンライン化する、ということなのだろうか。

その世界を、どう生きればいいのだろう。

18万人が目撃した1993年のダービーなど、遠い昔の話だ。
何万人もの熱気とともに、その瞬間を目撃する喜びは、もう過去の遺物になるのだろうか。

人は、変わることには強い抵抗を感じる。
けれど、抵抗を感じようが何をしようが、時代は流れていく。

紅葉を背景にした府中の女王・ウオッカ像にご挨拶をしながら、そんなことを考える。

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この日のメインは、GⅡ東京スポーツ杯2歳ステークス。

近年、クラシックへの登竜門としての重要性が増し、今年からGⅡに格上げされての開催。
年々、有力馬のデビューが早くなり、ダービーから逆算したローテーションを組まれるようになっていく中で、ダービーと同じ府中の舞台で行われる当レースの価値は上がるばかりだ。

直近10年の勝ち馬の中から、実に6頭がのちにGⅠ馬を勝っており、その中の実に3頭がダービーを制覇している。
ディープブリランテ、ワグネリアン、コントレイル。いずれも、この東京スポーツ杯2歳ステークスを勝って、翌年のダービーを制している。

未来を想うとき、人はどこか寂しさをも覚える。
秋の夕暮れは、ことさらに寂寥感を誘う。

陽が傾き、その色を橙に変えていくころ、2コーナーポケットからゲートが開いた。

ハナを切ったのは好枠のナバロン。人気の一角、レッドベルアームは中団5,6番手あたりからを追走しているが、鞍上の福永祐一騎手は少し折り合いに苦慮しているようにも見えた。
最内の1番枠から出た1番人気のイクイノックスと、クリストフ・ルメール騎手は、慌てず後方のインコースの位置取り。

最後方に位置していた武豊騎手のアルナシームが、外目をついて上がっていく。我慢できなかったのか、2番手まで上がり、突かれたナバロンはペースを上げ、3番低下を引き離す展開。

直線、慌てずに外に持ち出したイクイノックスが、脚を伸ばす。
残り200mを切ってから、目の覚めるような伸びを見せ、圧巻の差し切り勝ちを収めた。

2着に中団で折り合っていたアサヒ、そしてこの日からCコースに替わって伸びていた内を突いたテンダンスが3着。

イクイノックスの勝ち時計1分46秒2、上り3ハロンは32秒9の素晴らしい末脚を披露し、新潟での新馬戦の6馬身差圧勝がフロックではなかったことを証明した。
父・キタサンブラックに初めて重賞タイトルをもたらすとともに、この秋から猛威を振るう母の父・キングヘイローの血の優秀さをも示した。
そういえば、24年前のこのレースを制したのも、キングヘイローだった。

2022年4月17日、皐月賞。
5月29日、日本ダービー。

キングヘイローが果たせなかったクラシックの大願を、イクイノックスは果たせるだろうか。

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府中本町に向かう連絡通路も、人影はまばらだった。
ガヤガヤとした人混みの中、聞こえてくる今日の釣果がどうだったのというような話を聞きながら、改札に向かった記憶とは、重ならない。

静かに、イクイノックスの末脚を思い出すだけだった。

窓から覗く秋の夕暮れは、記憶のそれと重なった。
秋の日は、つるべ落とし。11月の府中の帰り道は、ことさらに寂寥感を誘う。

クラシックに向けて、控える競馬で末脚を爆発させたイクイノックス。

来年のクラシック戦線の主役候補に躍り出たことは、間違いない。

果たして、本番のダービーまでどんな道のりをたどるのだろうか。
そして、今日敗れた馬たちの逆襲、別路線組の台頭は、どうだろうか。

人影のない府中本町駅の改札で、結局考えるのは、今までと同じことだった。

世の中が変わろうとも、今日を生きることしかできない。
未来を、次代を生きるとは、今日を生きることと同義だ。

ありがとう、府中。また、来るよ。

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