馬場の真ん中を伸びる、黒鹿毛の美しいフォーム。
コントレイルだ。
白い帽子、赤い手綱、白い手袋。
福永祐一騎手が追う。
好枠を活かして中団の絶好のポジションをキープ、道中キセキの大捲りにも動じず、完璧なエスコートで直線を迎え、伸びる。
ゴール板の手前、勝利を確信して腰を上げた。
引退レースを無事に走り切ること、そして失いかけた三冠馬の威信を取り戻すという、困難な二つのミッションを成し遂げた瞬間だった。
天を見上げ、ゴーグルからあふれる涙をぬぐう仕草が見えた。
偉大なる父・ティープインパクトと同じ無敗三冠を達成した喜びと、それと同じだけの重圧。
古馬となった今年は、大阪杯、天皇賞・秋と2度の惜敗。求められた「勝利」の二文字を、どれほど渇望した1年間だっただろう。
ダービー3勝の名手をして、あふれる感情を抑えきれずに、勝利ジョッキーインタビューでは落涙していた。
「立派でした」
絞りだすように吐露した、その一言に、すべてが詰まっているような気がした。
2020年、世界を襲った未曽有の感染症禍。
気付いたときには、暗闇があっという間に世界を覆っていた。
狭く小さくなっていた世界は閉じ、つながることを禁じられたディストピアが、重くぺったりと横たわっていた。
経済は止まり、人は移動を制限され、仲間と飲み、笑い、語らうことも簡単なことではなくなった。
感染症禍が奪っていったのは、人の健康だけではなかった。
人の世の、希望。
それを、奪っていった。
希望があればこそ、人はどんな今日にも耐えられる。
しかし、明日なき今日を生きなければならないとき、人は折れる。
そんな2020年に、コントレイルは走った。
後方のインに閉じ込められる窮地から、外を豪快に伸びた皐月賞。
圧巻の3馬身での戴冠、日本ダービー。
死力を尽くしたアリストテレスとの追い比べを制した、菊花賞。
そして。
アーモンドアイとデアリングタクトとの最初で最後の対決となった、ジャパンカップ。
菊花賞の激走の疲れも残る中、出走してくれたことには、感謝しかない。
世界が闇に覆われた2020年。
その年、コントレイルの走りは、どれだけの希望の灯りをともしたことだろう。
名手が「ジョッキー人生のすべてを注ぎ込んだ」と語った三冠馬・コントレイルは、完全なるラスト・フライトを終え、これから父としての新しい道を歩む。
いつの日か。
そう遠くない、その日。
その走りを受け継ぐ仔が、ターフで躍動するのを心待ちにしたい。
そのときコントレイルは、北の大地で、飛行機雲のたなびく空を見上げているのだろうか。
ありがとう、コントレイル。
ありがとう、福永祐一騎手。
2021年ジャパンカップ、コントレイル。
そのラスト・フライトは、希望をたなびかせながら。