有馬記念ウィークは、どうしたってその年を振り返るから、感傷的な一週間になる。
特別登録から、追い切り、枠順確定、土曜日のレース傾向、そして展開の予想…年末のグランプリに出走する優駿に想いを馳せ、一週間を過ごす。
中山2500mという、妄想を掻き立てるには事欠かない、トリッキーなコース。
そのコースを駆け抜ける出走馬、一頭一頭の戦績を振り返りながら、その季節ごとに自分が何をしていたのか、何を考えていたのかを振り返る時間。
果ては、出走馬の血統表に出る名馬たちの有馬記念にも、その想いは及ぶ。
季節にめぐりがあるように、月に満ち欠けがあるように、人生もまた、誰にとっても平坦ではない。
向こう正面で手綱を抑えるような年もあれば、スタート前のような興奮と希望のような年もあれば、中山の急坂を登るような苦しい年もある。
しかし、時代も社会も変わりゆくけれど、有馬記念は、必ず1年に1回やってくる。
それは、人生の中で必ず訪れる、マイルストーンのようなものかもしれない。
グラスワンダーが連覇した年。ディープインパクトが最後に飛んだ年。シンボリクリスエスが漆黒の馬体を躍らせた年。オルフェーヴルが圧巻のラスト・ランを飾った年、キタサンブラックの祭りが響いた年。
幾多の名馬が、中山の急坂を死力を尽くして上り、栄光のゴールを駆け抜けた。
その年、自分が何をしていたのか、何を考えていたのか。
出走馬の馬柱を眺めなていると、有馬記念の一週間は、あっという間に過ぎていく。
毎年繰り返される、その様式美。
けれど確実に、毎年新しい歴史が刻まれ、その様式美を豊かなものにしてくれる。
歳を重ねることの愉悦とも、言えるのかもしれない。
有馬記念のパドックは、どうしてこんなにも陽光が美しいのだろうと思う。
精鋭16頭が、虹色の光を浴びて、その馬体を輝かせる。
号令から、グランプリ・ロードを通って本馬場入場、返し馬、そして国歌斉唱。
抑えられない胸の高鳴りと、この時間が過ぎてほしくないという矛盾した想いと。
ファンファーレが鳴り、いつもの3コーナーのゲートが開く。
逃げ宣言のパンサラッサが絶好の2番枠から好発を決め、大外16番枠のタイトルホルダーも出足よく番手につける。
凱旋門賞以来のディープボンドが5,6番手あたり、同じくフランス帰りのクロノジェネシスはその後ろのポジション。
そして、史上最多の26万票余りのファン投票を集め、1番人気に支持されていたエフフォーリアはその後ろの外目と、クロノジェネシスをマークするような形。
エフフォーリアがクロノジェネシスよりも「外」の枠だったことで、想定できた形とはいえ、横山武史騎手は最大限の注意を、このラスト・ランとなっていた牝馬とクリストフ・ルメール騎手に向けているように見えた。
離した逃げを打ったパンサラッサは、前半1000mを60秒を切る、やや速いペースで刻む。例年よりも馬場が荒れていないとはいえ、持続力が問われる展開。
隊列が詰まっていった3コーナー、先に横山武史騎手が仕掛けた。
少しふかして、内のクロノジェネシスよりも半馬身前に出る。
遅れてルメール騎手もクロノジェネシスのギアを入れようとするが、エフフォーリアが外から被せており、前にもキセキがいてスペースがない。
タイトルホルダーが先頭に並び、最内を回ってきたディープボンドを和田竜二騎手がその外に持ち出す見事なコース取りで、抜群の手応えとともに伸びてくる。
クロノジェネシスの「蓋」に使ったキセキを外からかわし、エフフォーリアを追い出す横山武史騎手。内のタイトルホルダーをかわすディープボンドに馬体を併せる。
ディープボンドが前に出たように見えたが、すぐさまエフフォーリアがもう一度差し返す。
競り落とした、エフフォーリア。
最後まで抵抗したディープボンドに3/4馬身差をつけて、ゴール板を駆け抜けた。
3着にはクロノジェネシス、4着には後方から脚を伸ばしたステラヴェローチェ、先行から粘ったタイトルホルダーが5着となった。
これから、まだまだ多くのGⅠを勝っていくのだろう。
そんなことを思わせてくれる勝利だった。
エフフォーリアが勝った皐月賞の回顧で、横山武史騎手をこんな風に書いた。
果たしてその通りになった。年間最多勝はルメール騎手で間違いないだろうが、間違いなく2021年は横山武騎手の年だったと言っていいように思う。
冷静な騎乗でコントレイル、グランアレグリアを破った天皇賞・秋、タイトルホルダーで圧巻の逃げ切りを飾った菊花賞と、記憶に残るようなGⅠ勝利を重ねてきた。
しかし、勝利ジョッキーインタビューで、横山武史騎手に笑顔はなかった。
前日の中山5レースでの騎乗が油断騎乗と判定され、2日間の騎乗停止処分となったことを受けてのものだった。
折しもその騎乗馬は、エフフォーリアの半弟のヴァンガーズハートだった。
死角だったであろうインコースから差されたとはいえ、その油断と裁定された騎乗に対して、インタビューの最後でも謝罪の言葉を述べていた。
一つのレース、一頭の馬にかかわる人の想いを知っているからこそ、なのだろう。
日本ダービーでの敗戦、そしてこの油断騎乗。
痛みを知る者こそ、高みを知ることができる。
2021年に鮮烈な輝きを放った若武者にとって、2022年がさらなる飛躍の年になるよう、応援したい。
そして、エフフォーリア。
上りのスピード勝負となった天皇賞・秋に続いて、レース自体の上りが36秒7という消耗戦となったこの有馬記念をも制し、世代を超越した強さを見せつけた。
2021年は4戦3勝、2着1回、GⅠを3勝。敗れた日本ダービーも、正攻法で勝ちに行って差された形で、負けて強しの内容。
1番人気でグランプリを制し、主役として2022年を迎えることになる。
クロノジェネシスやキセキはこのレースがラスト・ランとなり、さらには天皇賞・秋で破ったコントレイル、グランアレグリアも、今年でターフを去った。
そのバトンを、自力で継承した形となったエフフォーリア。
さあ、2022年。どこへ行こうか。
何はともあれ、無事に。
いつか、2021年を思い出すとき。
やはり、有馬記念とともに、様々な出来事を思い出すのだろう。
2021年の喜怒哀楽すべてとともに、エフフォーリアと横山武史騎手の走りを、そこに見た希望を、思い出すのだろうと思う。
受け継がれるバトン、そしてまた一つ、人生の季節が刻まれた。
エフフォーリア、横山武史騎手、そして関係者の皆さま、おめでとうございます。