ものごとの見方が、その人にとってポジティブに変わることを「癒し」と呼びます。
そして、「癒し」をもらたすのは、「許し」なのです。
1.「シャドウ」が生まれる物語を、愛の物語に
昨日の記事では、「シャドウ」が生まれる物語を、愛の物語に、というテーマでお伝えしました。
「シャドウ」が生まれる物語を、愛の物語に変えていく。 - 大嵜直人のブログ
虫唾が走るくらい、嫌悪感を覚える人を「シャドウ」と呼びます。
なぜ、その人がそんなに嫌いで、嫌悪感を覚えるのかと言えば、その人のなかに、自分自身が嫌い、隠し、抑圧してきた要素を見るからです。
言ってみれば、「シャドウ」とは、自分が嫌っている自分の要素の写し鏡なんですよね。
「わたしはこんなにも我慢してきたのに、なんであいつはそれを隠さないの!」
「自分はそれを見せないようにしてきたのに、なぜあの人はそれを外に見せるの!?」
という嫌悪感を抱くわけですね。
こうした「シャドウ」は、自分が隠してきた要素であるがゆえに、自分の可能性を示してくれるものです。
「シャドウ」と向き合い、それを受け入れることは、自分の大切な一部を取り戻していくプロセスでもあるのです。
そのなかで、「シャドウ」が生まれる原因となったできごとや、その物語を掘り下げていくことも必要になります。
その物語は、一見すると悲しい物語に見えるかもしれませんが、それは愛の物語に変えていくことができるのです。
それが「シャドウ」を受け入れ、許すことでもあります。
昨日の記事では、そんなテーマをお伝えしました。
2.「癒し」と「許し」
こうした「シャドウ」の物語にせよ、それまで「悲しいことだ」「悪いことだ」といったネガティブな意味づけをしていたものが、まるで正反対の意味付けに変わることが、私たちが生きる中では起きます。
受験に失敗して、挫折を味わったけれども、進学先で出会った研究がライフワークになっていたり。
病にかかり身も心も病んでしまったが、そんなときこそ、ほんとうに大切な人が分かったり。
パートナーに浮気をされてひどく傷ついたが、そのおかげで最高のパートナーとの出逢いが待っていたり。
「禍福は糾える縄の如し」とは言いますが、私たちの人生で起こることの善し悪しは、すぐには分からないものです。
私たちにできるのは、ただ起こっているできごとの意味付けを変えていくことだけなのかもしれません。
こういった意味で、それまでネガティブに捉えていたできごとを、ポジティブな意味付けに変えていくことを「癒し」と呼んだりします。
癒されるということは、見えている景色がその人にとってポジティブなものに変わる、という意味でもあります。
そして、「癒し」をもたらすのが、「許し」です。
「許し」とは、人生最悪のできごとを、最高の人生への転換点に変えていくことのできるほどに、パワフルな力を持っています。
3.最後に許すのは、自分自身
「シャドウ」が生まれる物語にしても、同じです。
そこで起こったできごと、そのときの相手。
そうしたものを、許していくこと。
その「許し」が、私たちが「シャドウ」が生まれる物語を見る目線を、変えていくのです。
「許し」と聞くと、その相手やできごとを、「許してやってもいい」というニュアンスで聞こえるかもしれません。
それも確かにそうなのですが、最後の最後は、結局のところ、自分自身を許すことが終着点なんですよね。
「シャドウ」の物語にしても、そのできごとや相手に怒っているかもしれませんが、その裏で、最も激しく責めたり否定していたりするのは、自分に対して、という場合が非常に多いものです。
あのとき、どうしてああしなかったのか。
あのときの自分の行動が、どうしても納得できない。
なぜ、あんなことをしてしまったのか。
そうした自責の念や、後悔といったものが、「シャドウ」が生まれる物語には眠っていたりします。
そうした自分を、許していくんです。
そうするほか、なかった。
そのときの自分には、それが精一杯だった。
そのようにして、自分を許していく。
それが、「許し」のなかで最も難しく、また最も大きな影響を与えるプロセスなのでしょう。
最後に許すのは、自分自身。
もちろん、100%完全に許すのは難しいし、できないかもしれません。
ただ、自分を許し続けるということは、「シャドウ」のテーマに限らず、とても重要なプロセスなのです。

今日は、「癒し」と「許し」について、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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