ダービー・ウィークは、寂寥感に襲われる。
祭りの後を想像するだけで、どうしたって寂しさがこみ上げる。
昨年のダービー・デイからはじまった競馬界の一年が、この日曜日終わるのだ。
「その時間」が訪れれば、私はまた新しいダービー馬を知る。
それは限りない愉しみであると同時に、歳を重ねることの寂しさもまた覚える。
不惑を過ぎて、「終わり」を意識するようになった。
私は、第何代のダービー馬まで、知ることができるのだろう。
「終わり」を意識することは、すなわち「いま」の奇跡を意識せざるを得ない。
言い古された表現なれど、2019年に日本に生を受けし7522頭のサラブレッド。
そのなかで、日本ダービーのゲートに入ることができるのは、たったの18頭。
その18頭に託された、人の想いの重さを想像せざるを得なくなる。
寂寥感とともに、週の半ばから、胸が圧し潰されそうにきゅう、となる。
無事に、各馬が追い切りを追えますように。
天変地異、あるいは、予期せぬことが起きませんように。
どうか、全馬、無事に。
栄光の出馬表、そこに名の記された18頭の優駿に込められた、人の想いと、夢と、希望と。
そして、そこに記されなかった、数多の者たちの、叶わなかったそれらを想い。
「その時間」を迎えるのだ。
入場制限は段階的に解除され、この日は6万人のファンが府中に詰めかけた。
2020年の感染症禍以来、最多となる入場者数となった。
第1レースのファンファーレのあとの、大きな拍手。
栄光のダービーに騎乗する、18人の選ばれしジョッキーの紹介。
張り詰めた緊張感のある、パドック。
競馬場に、活気が戻ってきた。
今年の国家独唱は、石川さゆりさん。
この国を、このダービーを誇りたくなる、そんな歌声。
スターターが旗を振る。
ファンファーレが鳴り、枠入りが進む。
無意識に、両の手をぎゅっと握る。
どうか、無事にスタートを。
夢は、その2400mの彼方に。
迷わず飛び出た、岩田康誠騎手のデシエルト。
好枠を活かしてアスクビクターモア、ピースオブエイトが番手を取りに行き、1コーナーに入っていく。
ビーアストニッシド、プラダリアも和田竜二騎手、池添謙一騎手がポジションを確保。
1番人気を背負った川田将雅騎手のダノンベルーガは、ちょうど中団あたり。その外からは、二冠の資格をただ一頭持つジオグリフと福永祐一騎手がぴたりとマーク。
オニャンコポン、マテンロウオリオンが、その内を進む。
その後ろに、武豊騎手のドウドュースが追走、それを見るようにキラーアビリティと横山武史騎手。
そして皐月賞2着のイクイノックスとクリストフ・ルメール騎手は、なんとその後ろのポジションを選択。東京2400の大外枠という難しい枠。そこから無理にはポジションを取りに行かなかった。
その後ろには、スタートが合わずに遅れたマテンロウオリオンとジャスティンロックしかいない。
軽快に飛ばすデシエルトと岩田騎手は、1000mを58秒9で通過する。
馬場の良さを考えても、かなりのハイペース。
極限の持久力と耐久力、そして底力が問われるレースになった。
3コーナーを過ぎ、後続との差が徐々に詰まっていく。
迎えた直線。
アスクビクターモアが先頭にかわる。
ビーアストニッシドが迫ろうとするも、アスクビクターモアの脚色は衰えない。
残り300を切って、馬場の真ん中からダノンベルーガとジオグリフが、馬体を併せて迫る。
さらにその外からオレンジ色の帽子、ドウデュースが伸びる。
そしてピンクの帽子、イクイノックス。
役者が、揃った。
脚色は、ドウデュース。
武豊騎手、渾身の右鞭に応え、残り100mで突き抜ける。
イクイノックスが差し切らんと追うが、脚色は同じになった。
栄光のゴール板を、ドウデュースが先頭で通過した。
クビ差の2着にイクイノックス、粘ったアスクビクターモアはそこから2馬身離れた3着、そしてダノンベルーガ、プラダリアが掲示板を確保。
右拳を突き上げる、武豊騎手。
末脚及ばす敗れたイクイノックスのルメール騎手が、左手を差し出し祝福した姿が、美しかった。
第89代ダービー馬、ドウデュース。
皐月賞3着から、見事な巻き返しでの戴冠。
皐月賞で際立っていた末脚は、2400mでも一級品だった。
勝ち時計2分21秒9は、ダービーレコード。
高い持久力と耐久力、そして瞬発力が求められたレースを制した価値は高い。
朝日杯フューチュリティステークスを制した馬としては、1994年のナリタブライアン以来となる、ダービー制覇となった。
武豊騎手は、歴代最多となる6度目のダービー勝利。
50代での勝利は、史上初の快挙となった。
感染症禍が明け、久々となる6万人の大観衆を前に、千両役者が本領を発揮した。
4コーナー、前を行くジオグリフの福永騎手と、ダノンベルーガの川田騎手の手が激しく動く中、まだなお弓を放つタイミングを図っている姿には、痺れた。
それは、差し切れなかった弥生賞と皐月賞を、伏線にしたような差し切り勝ちだった。
何より、馬主であるキーファーズの代表、松島正昭氏。
武豊騎手の大ファンを公言してやまず、凱旋門賞を勝たせるために現地の有力馬・ブルームの共同馬主にまでなる熱意。
その熱意を、この大舞台で結実させるとは…言葉が無い。
友道康夫調教師は、これでマカヒキ、ワグネリアンに続いて現役最多となるダービー3勝目の偉業。
さて、10月2日。ロンシャン競馬場、凱旋門賞。
第89代ダービー馬・ドウデュースの走りが、見られるだろうか。
祭りの終わりの寂寥感はあるものの、素晴らしいダービーを観ることができた喜びが、胸に満ちていく。
これが、ダービー。
これぞ、ダービー。
2023年、第90代のダービー馬を探す1年が、また始まる。
2022年、日本ダービー。
武豊騎手、6度目の戴冠はドウデュースとともに。
夢追い人たちの旅路は、秋のロンシャンへと。
ドウデュース、そして関係者の皆さま、本当におめでとうございます。