「結果がすべての世界」
立浪和義監督の退任コメントには、悔しさというよりも、諦念が滲んでいたように感じた。
優勝争いをする猛虎を相手に3-8で敗戦し、最下位に転落した9月18日の夜、退任の報は届いた。
その日に退任を申し出たとあったが、もうずいぶん早くから辞意を固めていたのではないか。
8月のお盆前後から、どこか試合後のコメントに、冒頭の諦念が感じられるようになったのは、私だけだっただろうか。
積年の課題だったセンターラインに、若い力が萌芽し始めた。
待ち望んだ日本人の長距離砲は、横浜からやってきた無骨な男が覚醒した。
鉄壁の救援陣により、6回終了時にリードした試合の勝率は9割5分を超えた。
だが、及ばなかった。
勝てなかった。
9月18日終了時点で、54勝72敗8分。
借金18、勝率.429の最下位。
現地でも歯痒い試合、肩を落とす試合が多かった。
基本がソロ観戦の私にとって、負けた試合の帰り道は、ことさらにしんどい。
悔しさ、負けの味を一人噛みしめながら、それでも明日の勝利を信じたくて、地下鉄のホームを歩いた。
信じたかったのは、明日の希望を信じられる、自分だったのかもしれない。
勝ってほしかった。
球団が誇る、スーパースターなのだから、当たり前だ。
父に手を引かれて訪れた、ナゴヤ球場のカクテルライト。
いつの日の試合だったか。
宿敵・巨人軍を相手に、逆転タイムリーツーベースを放った姿に、ワクワクしたことを覚えている。
積み上げたその487の二塁打は、令和のいまでも日本プロ野球歴代最高記録として燦然と輝いている。
そんなスーパースターだからこそ、こんな形での退任はしんどい。
勝ってほしかった。
その言葉しかない。
けれど、それはプレーしている選手が、一番そうなのだろう。
「監督の就任1年目が僕の中継ぎ転向1年目。信頼して使い続けてくれたのは感謝しかないです」とは、リーグ屈指のブルペンを支えた清水達也投手。
長打を許さない剛球を武器に、「7回の男」として他チームの反撃を制圧した。
その名がコールされるだけで安心感を抱かせる、稀有な存在になった。
監督から「いくら三振してもいいから思い切って振っていけ!」との助言を受けた細川成也外野手。
「小さくならずに自分のバッティングができた。監督に使ってもらって今の自分がある」と語った。
忘れもしない。
開幕カードの神宮で2敗1分と勝利を挙げられず、細川選手本人もノーヒットと苦しんだ。
しかし迎えた本拠地開幕戦、3-3のまま膠着状態となった延長11回に、初安打がサヨナラ弾という神がかった活躍を見せてくれた。
去年に続いて今年も、その力強く美しい放物線を、何度もスタンドから拝ませて頂いた。
「悲しいというか、何とも言えない。1軍で試合に投げていない時から1軍キャンプに呼んでもらって、開幕ローテーションにも入れてもらった。本当に感謝しかない。誰が何と言おうと、僕は立浪監督に育ててもらった選手」
中日の、いや球界の至宝となった髙橋宏斗投手の言葉。
何度も何度も、苦しいチーム状況を救い、連敗を止めてくれた。
それは、エースの仕事と言っていいのだろう。
彼ら言葉を胸に、応援し続けようと思う。
シーズン最終戦まで、どうか「ミスタードラゴンズ」らしい戦いを、一つでも多く見せてほしい。
誇り高く、戦ってほしい。
だから、おつかれさまでした、はまだ早いのかな。
だから、ありがとう、なのだろうな。
遠き記憶のナゴヤ球場。
喧騒と紙吹雪の舞う中。
煌々と照らすカクテルライトの下。
セカンドベース上に凛々しく立つ姿。
それを、思い出す。
二塁打、はるかなり。