大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

時を重ねる、ということの贅沢さ。

今日はエッセイというか、いま感じていることを書き残しておきたいと思いましたので、そんな回です。

運動の大切さというのは、ほとほと身に染みているのですが、ついサボってしまうのが人情のようです。

とくに、この寒い季節は、運動するハードルが上がるというか、なんというか…困ったものです笑

とはいえ、気合を入れてランニング!筋トレ!でなくても、ただ「歩く」だけでも違うと聞いて、できるだけ「歩く」ようにしています。

基本的にデスクワークが多いので、なんだかんだと座りっぱなしになってしまうのも、よくないようですので。

しかし、昨日はがんばってたくさん歩いた後に、息子に野球に駆り出されまして。

その反動に、歳を感じる今日であります笑

それだから、というわけでもないのですが。

年々、身体のことを気遣うようになりました。

それは変化ともいえますし、衰えともいえるのかもしれません。

見方はどうあれ、それは不可逆なものであることは、確かなようです。

ただ、時を重ねるほどに、味わいが出てくるものもあります。

カウンセリングもそうでしょうし、執筆もまた、そうなのでしょう。

積み重ねてきた時間、向き合ってきた心の深さ、あるいは生き方、考え方。

そうしたもので、得られるものもまた、多いように思います。

いまの私に、20代のころの情感をもって、文章を書くことは、難しいかもしれません。

けれども、40代のいまだからこそ、40代のいましか書けない言葉が、あるように思います。

このブログも、書き始めてから5年が経ちました。

最初のころのブログの文章を読み返すと、やはりいまの私の文章とは、違った感じがします。

自分の文章を読み返すのは、恥ずかしいものなのですけれどね笑

時を重ねる、ということ。

それはある意味で、永遠と生きる、ということなのかもしれません。

それは、この生を薄める、という意味ではありません。

この瞬間を、生ききる。

ただ、この瞬間を、愛でる。

それは、積み重ねることを目的としているわけでもありません。

ただ、この瞬間だけがある。

その瞬間、瞬間は同じようでいて、違うものです。

今年の春と去年の春が、同じようでいて、違うように。

その瞬間を積み重ねることができること。

それは、当たり前のことではありません。

ここに文章を書いていて、それを読んでくださるあなたがいる。

カウンセリングのお時間に、お話くださるあなたがいる。

それは、ある種の奇跡のように感じるのです。

その積み重ねは、とてもありがたく、そして贅沢なものだと思うのです。