すべてのできごとは、自分へのメッセージです。
ただ、そのメッセージを受けとる前に、自分の感情をきちんと感じつくしておく必要があります。
1.すべてのことは、自分へのメッセージ
昨日の記事では、すべてのことは、自分へのメッセージ、というテーマでお伝えしました。
そのできごとを通じて、気づかせてくれようとしているものは、なんだろう? - 大嵜直人のブログ
「投影」の心理、という見方があります。
私たちは、自分の心の内にある感情や観念といったものを、外の世界に映し出して見ている、という見方です。
悲しいという感情があれば、駅を歩いている人を見ても悲しそうに見えます。
楽しみにしていたイベントに行く道中であれば、どの風景も輝いて見えたりします。
あるいは、母親との関係性とそこで感じていたことを、いまのパートナーに映し出したりします。
そして、悲しいそうな人を見て、「あ、自分は悲しいんだ」と気づいたり、パートナーへのイラつきを通じて、「あ、これは母親に感じていたんだな」と気づくことを、「投影を取り戻す」と呼びます。
自分のなかに感情や観念があって、それを外の世界の他人やできごとが、気づかせてくれる、という見方ですね。
この見方を進めていくと、目の前に起きるできごとは、何がしかの自分へのメッセージを持っている、と考えることができます。
生きていれば、いろんなできごとを経験します。
いいこともあれば、悪いこともあります。
けれども、それらはすべて自分へのメッセージだとしたら。
そこから何を受け取るかは、私たち自身に委ねられているのでしょう。
2.メッセージを受けとる前に
ただ、この見方をするにあたって、前提条件があります。
それは、自分が感じたことを無視しない、ということです。
言い換えると、「頭で自分を納得させようとしない」ともいえるでしょうか。
「すべてのことは、自分へのメッセージ」
それは確かにそうなのですが、そこに自分の感情を無視したり、抑圧したりしたままでは、あまり意味がないのです。
これ、ネガティブなできごとに関しては、特にそうです。
たとえば、めっちゃワガママで、自分勝手な人と仕事をしなくてはならなくなったとします。
そのとき、「自分へのメッセージ」はいろんな見方ができると思います。
「自分もそんな振る舞いをしていないか、自省してみよう」
「ワガママな人に腹が立つのは、自分のなかにある同じ要素を嫌っているからでは?」
「自分を振り回す人から、早く離れなさい」
…などなど、いろんな見方ができますよね。
けれど、こうしたメッセージを、頭で理解しようとすると、結構しんどかったりするんですよね。
「それはそうかもしれないけれど…」と、モヤモヤするというか。
なぜか。
それは、自分の感情を無視して、抑圧してしまっている苦しさなんですよね。
だから、そのできごとや相手に対して感じたことを、まずは感じ切ることが、とても大切なことになります。
3.悪態をついていいし、地団駄踏んでいい。
学びやメッセージを、無理に受け取ろうとしないことです。
それは、頭で理解しようとしても、難しいものです。
イヤなできごとがあったとき、無理にポジティブに捉えようとしなくてもいいんです。
これは、悲しいこと、ショックなできごとがあったときも、同じです。
無理に前を向こうとしなくても、いいんです。
それは、時が満ちればできるのでしょうから。
逆に言えば、満潮なのに、潮干狩りをしようとしても、無理なものは無理なんです。
自分の感じていることを、まずは大切にすること。
悪態ついていいんです。
地団駄踏んでいいんです。
思い切り怒って、悲しんでいいんです。
もちろん、それは安全な場所を確保したうえで、ではありますが。
それをせずに、学びもメッセージも、何もないんです。
正しい、間違っているといったことの前に、自分の感情を感じつくしてあげること。
それが、何よりも大切なことです。

今日は、悪態をついていいし、地団駄を踏んでいい、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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