時候は「清明」の終わりごろになりました。
天地万物が清らかに輝くとされる「清明」ですが、日増しに清々しさが増しているように感じます。
とはいえ、ヒノキ花粉がまだまだいるようで、私はグズグズとしておりますが…
七十二候では、「虹始見(にじはじめてあらわる)」。
春の深まりとともに、湿度が増していきます。
それによって、きれいな虹が見えることが多くなる時候とされます。
冬の乾燥している間は、なかなか見ることができなかった虹が、見やすくなる時期とされますが、私はしばらく見ていません。
こういうのって、意識するとなかなか出てこないもので、忘れてしまうくらいに「手放して」おくのがいいのでしょうね。
とはいえ、そう聞くと「久しぶりに虹を見てみたいなぁ」と思ってしまうのが、人情ではありますが笑
そういえば、「虹」を見るときって、固まっているというか、立て続けに見ることが多いような気がします。
私は、3,4年くらい前でしたでしょうか。
続けて見たことがありました。
まあ、印象が残っているだけで、そんなに続けてではなかったのかもしれませんが…
ただ、「虹」というのも、偏りそのものですよね。
空気中の水分が、光を屈折させて見えるのですから。
そして、こうした偏りがあるとするならば、それは生きていく中で少なからず起きているような気がします。
水が流れれば、流れの速いところと遅いところがあるように。
雲が流れゆくなかにも、色濃いところと薄いところがあるように。
風の流れにもまた、強く吹くときもあれば、弱まるときもあるように。
人と人の出会いや別れもまた、同じなのでしょう。
得難い出会いが続く時期もあれば、いままでの出会いを深めていく時期もある。
その繰り返しが、私たちの歩く道に彩りを与えてくれるようです。
さて、あなたはいま、どんな偏りの中にいるのでしょうか。
少し立ち止まって、そんな視点を持ってみるのも、いいのでしょう。
虹が見える時期になりました。
少しずつ気温も上がってくるころです。
どうぞ、ご自愛くださいませ。
