他人から嫉妬されることはイヤなものです。
しかし、それは自分の価値を教えてくれる貴重なサインでもあるのです。
1.違和感を感じとれるのは、才能である
先日は、違和感を感じとれるのは、才能である、というテーマでお伝えしました。
自分の価値や魅力、才能を知る、というお話からの流れでした。
自分自身の価値を不当に低く見ていたり、それを受けとることを拒否していたりすると、いろんな問題として出てきます。
適材適所という言葉があるように、あるべきところ収まらないと、周囲との軋轢を生んでしまいます。
それは、来日したVIPが警護を断るようなものだったり、ハーバード大卒の人が「私、頭悪いんで…」と言ってしまうようなものかもしれません。
「いや、警護させてもらわないと、こちらが困ります」だったり、「なんだあいつ、嫌味ったらしいな」と思われたりしますよね。
自分の価値を受けとることは、周りの人のためでもあり、ひいてはそれは自分のためでもあります。
こうした自分の価値を知るための一つの見方として、「何か変だ」「これはおかしい」という違和感を感じとれることにフォーカスする、というものがあります。
それは、「悩み」という形で表れることも多いものです。
自分にとっては、あるべき姿があって、そこに現実が合致していないと、違和感を感じます。
あるべき姿がなければ、別に違和感を感じることもできないんですよね。
言い換えるならば、何に悩むのかは、その人の才能を正確に指し示してくれるものです。
先日の記事では、そんなテーマをお伝えしました。
2.他人の嫉妬は貴重なサイン
さて、こうした自分自身の価値を見る上で、大切なサインがあります。
それが、「嫉妬」です。
する方ではなく、される方ですね。
他人から、「嫉妬」されること。
それは、自分自身の価値を教えてくれるものです。
ただ、「嫉妬」って分かりづらいもので、
「わたしはあなたのこの部分に嫉妬している」
と教えてくれる人は、まずいません笑
そもそも、「嫉妬」している側の本人でも、その「嫉妬」という感情に気づいていないことも多いものです。
「なんか、あの人ムカつく」
「この人がSNSに出てくると、イライラする」
といったように、よく分からないけれど不快な感情を感じる、という形で表れることがほとんどです。
それゆえに、その「嫉妬」している相手に対しては、理不尽な接し方となってしまうことも多いものです。
なので、他人から理不尽に攻撃されている、と感じたときは、「あれ、もしかしたら嫉妬されているのかも」と考えてみることが有効です。
もちろん、ただ相手がイライラしていて八つ当たりされただけ、という可能性もありますが、ただ、その場合にしたって、その当たる相手は無意識に選んでいるものです。
3.もし嫉妬されているとしたら、という仮定
この「嫉妬」で厄介なのは、自分の「どの部分」に嫉妬されているのか?、という点を探さないといけない、という点なんですよね。
先ほどもお書きした通り、「嫉妬」している相手は、「あなたのこの部分に嫉妬している」なんて、教えてくれないわけですから。
そして、自分が価値を受けとっていない状態だと、そもそも自分にそんな価値があるなんて、意識もしていないこともよくありますから。
女性性が豊かな部分。
周りに好かれている部分。
若い、という部分。
自分の世界をちゃんと持っている、という部分。
いろんな部分に、嫉妬されている可能性がありますし、自分の価値を言語化して理解するって、なかなか難しいですよね。
ある程度、客観的に見ることができる第三者(その相手のことを知らない友人や家族、あるいはカウンセラーなど)に聞いてみるのが早いのですが、今日は自分でできるアプローチを少しご紹介します。
他人から理不尽に攻撃されていると感じたときは、まず「もしかしたら、嫉妬されているのかも」という視点を持つこと。
そして、「もし嫉妬されているとしたら、自分のどの部分に嫉妬されているのだろう?」と考えてみることが大切です。
もちろん、すぐには出てこないと思います。
けれども、その問いかけって、いままであまり自分に対してしてこなかった種類の問いかけではないでしょうか。
その問いを持つだけでも、少し見えてくるものが変わってきます。

今日は、嫉妬されることは、自分の価値を教えてくれる貴重なサイン、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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