早いもので、4月に入りました。
時候は「清明(せいめい)」。
春の日差しの下、天地万物が清らかな明るさに輝くとされる時候。
「清浄明潔」という言葉を訳した季語とされるそうですが、美しい時候の名ですよね。
いよいよ春本番、さまざまな花が咲き、空は青く、吹く風は心地よく、また虫たちをはじめとした多くの生きものたちが活動をはじめる、さわやかな気候の時期です。
ここから、暦の上での夏である「立夏」、そして「小満」あたりが、一年で一番過ごしやすく、心地いい時期ですよね。
七十二侯では、「玄鳥至(つばめきたる)」。
ようやく暖かくなってきた日本に、渡り鳥であるツバメがやってくるとされる時候です。
春の本格的な訪れ、そして農耕の時期のはじまりの合図でもあるとされます。
ツバメもそうですが、蝶が舞っていたり、目に見える生きものたちの姿が変わってくるのがわかる時期でもあります。
一年のなかでは、秋にもこの「清明」と同じくらいの気温になる時期があります。
けれども、秋の時候と、この「清明」は、やはり違うのですよね。
秋は、徐々に気温が下がっていく時期。
熱したものを、そのままにしていると、徐々にその熱が下がっていくように。
それはどこか自然で、そして死の象徴である冬に向かうという意味でも、静けさのなかにあります。
けれども、この「清明」は、これからぐんぐんと気温が上がっていく時期です。
鍋に入れた水を熱して、徐々にぶくぶくと気泡が底から立っていくように。
不安定さと混迷が、そこにはあります。
なんでも、そうですよね。
イベントごとなんかでも、何かをはじめるときは、ばたばたしますし、混乱も起きます。
私たちの心が、春に不安定になるのも、周りの気候がすごく大きく変わっていることも、一つ要因としてあるのでしょう。
けれど、「清明」はそうした熱が上がっていく時期にやってくるんですよね。
霞がかった空が透き通り、澄んだ風が吹き、そして万物が生命を謳歌し、美しく輝く。
その美しさは、春のざわめきのなかにこそ、あるのかもしれません。
そんな、「清明」。
その美しさを、見つめていきたいものです。
とはいえ、気温の変化も大きく、それが身体には負担の大きい時期でもあります。
どうぞ、ご自愛くださいませ。