「寂しさ」を癒すのは、外側からやってくる何かではありません。
それを感じ尽くした先に、内から湧き上がる愛が、「寂しさ」を満たすのです。
1.「寂しい」と感じること
昨日は、「寂しい」と感じること、というテーマでお伝えしました。
「寂しさ」は、私たちが最も感じたくない感情の一つです。
それは、私たち人間が、つながりの中で生きてきたからなのかもしれません。
その「寂しさ」を避けるために、時に私たちは刺激物でそれを忘れようとします。
お酒やギャンブル、ハードワークもそうですし、不倫なども刺激物ですよね。
そうした刺激物は、「寂しさ」を一時忘れさせてくれるかもしれません。
けれども、根源的な「寂しさ」を癒すためには、それを感じることがまず大切なことになります。
どんな感情も、感じることでそれは消化され、抜けていきます。
「寂しさ」を我慢するのではなく、その「寂しさ」を感じきること。
それが、「寂しさ」を癒す一歩目です。
2.「寂しさ」を満たすもの
「寂しさ」を感じるとき、何かで自分を満たそうとします。
いや、もう少し正確に言えば、「寂しさ」を感じる前に、それを感じることが嫌だから、何かでからっぽな自分を満たそうとするのでしょう。
何かで自分を満たすこと、満たそうとすることで、「寂しさ」を忘れようとする。
うん、その表現の方が、正確な気がします。
それが刺激物かもしれません。
あるいは、誰かと会うことだったり、パートナーに何かを求めることだったりするかもしれません。
けれども、そうしたときって、「寂しさ」が消えるというよりも、むしろ輪郭がはっきりしてしまうことって、ありませんでしょうか。
周りに人がいるのに、ひとりぼっちな感じがする。
せわしなくしているんだけれども、どこか空虚な感じがする。
「寂しさ」は、何かでその代わりを埋めようとしても、埋まらないんですよね。
3.感じることで、満たされる
逆説的ですが、「寂しさ」はそれを感じることでしか、満たされません。
それを感じずに、どうこうしようとしても、難しいんですよね。
「寂しさ」を感じ切ってみる。
「寂しい」と口に出してみる。
そうして「寂しさ」に身を浸していると、それでも変わらずに一緒にいる存在に気づきます。
私自身、です。
どれだけ私が孤独でも、私はそこにいる。
そして、私を見守っている。
「寂しさ」を満たすのは、外からやってくる何かではなく、内から湧き上がる愛です。
それは、「寂しさ」を感じ切ることでしか、見えてこないものです。
そして、その湧き上がる愛を感じることができると、「寂しさ」は少しずつ癒えていきます。
それは、「寂しさ」がなくなるわけでは、ありません。
ただ、「寂しいなあ」と感じる、自分自身を受け止め、許せるようになるのです。

今日は、「寂しさ」は、外からは満たせない、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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