自分を受け入れるとき、「これができたら」というような条件付きの認め方、愛し方をすると苦しくなります。
条件をつけることなく、どんな自分も愛することができると、周りからもまた同じように愛されるのです。
1.自分を受け入れること
昨日は、自分を受け入れる、というテーマでお伝えしました。
どんな自分でも受け入れる、ということ。 - 大嵜直人のブログ
私たちは、常に「いい自分」でいないといけない、という想いを持っています。
この「いい自分」の「いい」「悪い」を分けているのは、私たち自身の観念であり、自分の決めたルールです。
周りに笑顔をふりまかないといけない。
自分勝手なふるまいをするのは、間違っている。
感情を表に出すのは、よくない。
そうした「いい」「悪い」の基準の、「いい」方の自分でいないといけないと思うわけですよね。
この「いい自分」でいないと、周りから嫌われる、愛されないと感じるからです。
それは、「いい自分」でいたことで愛された、または「悪い」自分でいたことで嫌われたといった、過去の経験からくるものです。
過去の経験から、「いい」「悪い」の基準がつくられ、それにより「いい自分」でいないといけない、そうしないとまた傷つくし、生きていけない、といった感じを受けるのですよね。
こうした過去の痛みを癒していくことができると、この観念をゆるめていくことができ、生きやすくもなっていきます。
そのためには、この「悪い」自分を、自分自身が受け入れ、癒していくことが、とても大切なことになる、というのが昨日のテーマでした。
2.条件付きの愛ではなく
自分を受け入れ、肯定するときにやってしまいがちなのが、「この基準をクリアしたら、認める」という方法です。
先ほどの「いい」「悪い」の基準で判断して、「この自分はOK」「この自分はNG」と、自分を色分けをする。
そして、OKな自分は肯定する、愛する、というパータンです。
「試験に受かったらOK」
「仕事をがんばった自分はOK」
「笑顔でいる自分はOK」
といったように、実にさまざまな基準で、私たちは自分自身に対して評価や判断を入れているものです。
これ、「OKな自分」でいられるときは、いいんです。
自己肯定感も高くなるし、なんでもこい!の状態になります。
けれども、ずーっと「OKな自分」でいられるかというと、そうでもないですよね。
何かができるという基準であれば、それよりもできる人が周りに現れたりしますし、笑顔で周りにやさしく接することができない日だって、時にはありますよね。
そうしたときに、ガクンと下がるんです。
下がるというか、落ちる、という感じでしょうか。
なんらかの基準を設けて、そのハードルを越えたら自分を認めようとするのは、終わりのないラットレースのようなもので、いつかは疲弊してしまいます。
「こうしたら、愛してあげる」
という条件付きの愛し方は、やはりしんどいんですよね。
3.どんな私も愛してあげる
何がしかの条件があって、それをクリアしたら愛する。
そうした愛し方ではなく、どんな自分も受け入れ、愛すること。
ダメな自分も、うまくいかない自分も、失敗した自分も、そのままに愛してあげること。
それが、自分を肯定し、愛することの大前提です。
「どんな私でも愛してほしい」
パートナーシップのなかで、私たちはそう願います。
そして、その願いが叶わないとき、絶望します。
しかし、そう願うのであれば、自分自身が、どんな自分であっても愛してあげることが、まず一歩目です。
自分を受け入れ、愛するほどに、私たちは世界からも愛されるのです。

今日は、どんな私でも愛する、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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