ものごとの見方やとらえ方がポジティブに変わることを、癒しと呼びます。
しかし、この変わる前の古い見方は、決して悪者ではありませんし、否定するものでもないのです。
1.同じできごとでも、解釈は無限にある
昨日は、同じできごとでも、解釈は無限にある、というテーマでお伝えしました。
同じできごとを見たとしても、解釈は無限にある。 - 大嵜直人のブログ
観念のアップデート、というお話からの流れですね。
なかなか解決しないような大きな問題を抱えたとき、あるいは、生きづらさを感じたりするとき、私たちは自分自身が持っている観念のアップデートを求められているのかもしれません。
観念とは、ものごとや周りの人、ひいては世界をどう見るか?というフィルターのようなものですが、その多くは傷ついた経験からつくられるものです。
信頼していた友だちに打ち明けた秘密を、バラされていた。
そんな経験をしたら、「自分の大切な想いや秘密は、誰にも話してはいけない」という観念を持つことになります。
それは、「裏切られる」ことから自分の身を守ってくれるかもしれませんが、自分の胸の内を誰にも話せないというのは、しんどいものですよね。
それが積もりに積もって、どこかで爆発してしまうかもしれませんし、「私のことを分かってくれる人は、世界のどこにもいない」と絶望してしまうかもしれません。
こうした観念を、「自分の想いを、受けとめてくれる人がいる」というものに書き換えていくのが「癒し」であるといえます。
大切なのは、それを「選んでいい」ということです。
話したくなれば話してもいいし、話したくなければ話さなくてもいい。
それを、自分が選べる、と知るだけでも、ずいぶんと楽になるものです。
同じできごとが起こっても、自分の持っている観念によって、解釈は無限にあります。
だから、自分がどんなフィルターで周りを見ているかは、よくよくチェックしておく必要があるのでしょう。
2.古い観念は、悪者じゃない
さて、こうしたお話をすると、傷ついた経験からつくられた観念は、自分にとって不利益なものであり、それを新しい観念にアップデートしていくことばかりにフォーカスしがちです。
それはそうなんですが、古い観念は、決して悪者ではない、というテーマを今日はお伝えしてみたいと思います。
観念もそうですし、思い込みやブロック、ビリーフといった表現をしても同じです。
何からの癒しが起こるとき、それは古い観念や自分の思い込みを否定して、そこに新しいものを入れ込む形「ではない」んですよね。
これは手放しや許しのプロセスでも同じで、手放す対象や許す対象を否定したり、敵対したりすると、あまりうまくいきません。
手放しなら執着がますます強くなりますし、許しならばますます許せなくなったりします。
手放しも許しも、その対象や相手の価値を認め、そして感謝をすることが、一つの重要なプロセスであり、ある種のバロメーターというか、峠なんですよね。
素直に感謝できるようになってきたら、手放しが順調に進んでいるしるしといえます。
「あぁ、いろいろあったけど、この人に出会えてよかったな」とか、そういった感じでしょうか。
これ、「感謝せなあかん」と頭でしようとするのではなく、ふとしたときに、自然にこうした感謝が出てくるかどうかが、ポイントです。
感謝ができると、手放しは進み、新しいものも入ってくるのでしょう。
古い観念も、同じです。
それを悪者にして、「どっかいけ!」「あっちいってろ!」とするのではなく、「いままで私を守ってくれて、ありがとう」と感じられるようになると、観念のアップデートが進んだと言えるのでしょう。
3.それは、自分の価値や才能を示すもの
さて、こうした古い観念への向き合い方を通じて、見えてくるものがあります。
それは、自分自身の価値や才能です。
いままで、自分がずっと大事に抱えてきた観念なわけですから、そこには色濃く自分自身の価値もまた、映し出されているという見方です。
もちろん、その観念や考え方ゆえに、苦しんだことも、あったかもしれません。
けれども、その観念を持っていることによって得られたものもまた、あるのではないでしょうか。
「問題の陰に才能あり」という金言もありますが、まさにそれです。
先に挙げた、「誰にも自分の胸の内を明かしてはいけない」という観念を、ずっと大事にしてきた人が持っている価値があるとしたら、どんなところでしょうか。
自分の胸の内に、想いを秘めることのできる強さ。
そしてもし、それが苦しいと感じるのだとしたら、誰に聞いてもらえなくても、その想いを捨てずに、大切にしてきたという証なのでしょう。
そうした人ならば、周りの人の同じような想いを、大切に、そして繊細に扱うことができるのではないでしょうか。
それは、その観念を大切にしてきたからこそ、得られたものといえるのでしょう。
古い観念が、さまざまな問題や生きづらさを引き起こしたのだとしても。
その観念が指し示す自分自身の価値や才能もまた、あるはずなのです。
古い観念やブロックは、決して悪者ではありませんし、否定するべきものでも、捨て去るものでもありません。
それは、いままで自分を守ってきてくれたものですし、また自分自身の価値や才能を、指し示してくれるものでもあります。

今日は、古い観念やブロックは悪者じゃなくて、自分の価値や才能を示すもの、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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