早いもので、もう12月も半ばになりました。
師走も半分近くを過ぎ、もう今年もあと半月ほど。
そう書くと、なんだか早いなぁ…という気になるのが、この時期あるあるですね笑
あと半月、と聞くとなんだか気忙しくなりますが、その半月が過ぎれば、また残り12か月になるわけですから、あまり気忙しくしても仕方がないのでしょう。
今年のできごとに想いを寄せながら、変わらず日々を一生懸命に生きることができれば、それでいい気がします。
時候は、「大雪」の中ごろ。
七十二候では、「熊蟄穴(くまあなにこもる)」です。
最近は何かと話題のクマですが、私はこの時候の名前がとても好きです。
もちろん、この時候の名は、クマやそのほかの生きものたちが、冬眠につくころを指しています。
けれど、実際にクマが巣穴にこもる姿を見ることは、まずないと思います。
ほかの動物にしても、同じですよね。
けれども、その姿が見えなくなると、「あぁ、もう冬眠したんだな」と、想いを寄せるわけです。
この想いというか、関心の寄せ方というのが実に美しく、それゆえにその名前がついたこの時候もまた、美しく感じます。
「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」もそうなのですが、見えないものに心を寄せる姿勢に、惹かれるのかもしれません。
目に見える季節の変化や移ろいも、美しいものです。
春に桜が咲いたり、夏の日差しの力強さだったり、秋の夕暮れの色だったり、冬枯れの景色だったり。
それと同じように、同じくらい、目に見えない変化というのも美しく、また私たちの心を惹きつけてやまないようです。
自分自身の変化もまた、同じかもしれません。
目に見えて変化しているところは、素晴らしところ。
それと同じくらい、見えない内面の変化や成長もまた、素晴らしいものです。
自分の周り人と接するときも、同じですよね。
外側に見える言動に、心は奪われやすいものです。
けれども、その裏側というか、その言動に至る心の機微というか、そういったところに想いを寄せることができると、よりよい関係を築いていけるのではないでしょうか。
相手にとっても、自分自身にとっても、です。
ということで、「熊蟄穴」の時候に寄せて、見えない変化を見つめることについて書かせていただきました。
ずいぶんと本格的に寒くなってきました。
どうぞ、暖かくしてご自愛くださいませ。