自分のことは、自分が一番分かっていないことが多いものです。
しかし、自分の価値や才能を見誤り、受けとっていないと、それは問題となって現れてくるものです。
1.見捨ててしまう怖れは、愛の深さゆえに
先日は、見捨ててしまう怖れは、愛の深さゆえに、というテーマでお伝えしました。
見捨ててしまう怖れは、愛の深さゆえに抱いてしまうもの。 - 大嵜直人のブログ
見捨てられる怖れを癒す、というお話からの流れでしたね。
私たちは、親しい存在から見捨てられることを怖れます。
つながりの中で生きる私たちにとって、見捨てられると感じることは、自らの生存を脅かされるような、強い怖れを感じるものです。
こうした怖れを感じると、それまでうまくいっていたパートナーや親しい人との関係から逃げたくなったり、自分から壊したくなったりしてしまいます。
見捨てられる怖れというのは、それほど私たちにとって、根源的な、そして強い怖れでもあります。
こうした見捨てられる怖れですが、実はその裏側には「(自分が)見捨ててしまう怖れ」が隠れていることがあります。
不思議なものですよね、「見捨てられたらどうしよう」と怖がっている裏側で、「見捨ててしまう…」と葛藤しているなんて。
この「見捨ててしまう怖れ」に気づき、それを癒していくことが、見捨てられる怖れを癒していくことにもつながるのです。
そのためには、「見捨ててしまう」と怖れるほどに、自分は愛情深い人だということに気づくことが、はじめの一歩なのでしょう。
自分の価値を認める、ということですよね。
先日の記事では、そんなテーマをお伝えしました。
2.問題は、自分の価値を見誤ることから生まれる
この、自分の価値をきちんと受けとることって、本当に難しいんですよね。
自分のことは、自分が一番分かっていないのが、私たちですから。
だから、他人とのつながりが必要なのであり、鏡を毎日見ないといけないのでしょうし、時にはカウンセラーに話を聞いてもらうことが必要なのでしょう笑
自分の価値を知る、それを受けとる。
それができていないと、何らかの問題として現れてきます。
言い換えると、あらゆる問題は、自分の価値を受けとっていないことから生まれます。
たとえば、人の心をあたため、癒していくことのできる才能を持った人がいたとします。
その人は、無自覚に周りの人を気遣い、癒そうとします。
それが当たり前だし、みんなそうしていると、思い込んでいるのです。
けれども、それって当たり前じゃないんですよね。
そこに価値を見ないでやっていると、いつかその人自身が疲れて、イヤになってしまうんですよね。
そりゃあ、そうですよね。
プロのサッカー選手でも、毎週の試合でその才能を活かすために、休養したりメンテナンスをしたりしているわけですから。
毎日、何試合も試合に出続けていたら、パフォーマンスを維持できないどころか、壊れてしまいますよね。
自分の価値を受けとっていないって、ある意味でそんな状態なんです。
3.大切な人のために、自分の価値を受けとる
このような例えは、極端に聞こえるかもしれませんが、でもそうなんですよね。
どんなに素晴らしい価値や才能を持っていたとしても、それを自覚して、活かそうとしなければ、自分自身が疲れてしまいます。
そして、自分が疲れてしまったり、壊れてしまったりしたら、その価値を見てくれている周りの人にとっては、とても悲しいことですよね。
自分の価値を受けとらないということは、自分の周りに問題を引き起こすだけではなく、自分の周りの人をも傷つけることもあるのです。
自分の価値を受けとることは、自分自身だけの問題ではなく、周りの大切な人の幸せにも関わることなんです。
だって、悲しいじゃないですか。
「この人には、素晴らしい価値や才能がある」と思っている人が、その価値や才能をまったく受け取らず、それどころか自分を貶めるようなことをしていたら。
そうなんです。
自分の愛する人を大切にしようと思うならば、自分の価値や才能を認め、それを受けとり、そして受けとり続けることが、大切なんですよね。
自分の価値を受けとるって、なんだか恥ずかしいし、思い上がりのように感じるし、抵抗がめちゃくちゃ出てくるものです。
でも、受けとるんです。
それは、あなた自身だけのためでは、ありません。
あなたの、大切な人のために。
あなたの、愛する人のために。
あなた自身の価値を知り、受けとってあげてください。

今日は、問題は、自分の価値を見誤ることから生まれる、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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