問題を抱えるとき、私たちはいままで素通りしていた愛に気づくことができます。
問題は、私たちに「もっと愛を受けとりなさい」と教えてくれているのです。
1.愛を受けとるタイミング
昨日の記事では、愛を受けとるタイミング、というテーマでお伝えしました。
純粋に与えられているとき、相手が受け取ったかどうかなんて気にならないもの。 - 大嵜直人のブログ
愛を受けとるのは、簡単なようでいて、なかなか難しいものです。
まずは、自分に向けられた愛が、そこにあることに気づかないことには始まりません。
そして、それに気づいたとしても、いろんな問題によって、自分から受け取り拒否をしてしまうことも、少なくないものです。
いろんな問題って、自立のし過ぎとか、罪悪感とか、執着とか、まあ、いろいろありますよね笑
ただ、そうした問題によって受けとれなかったとしても、あとから受けとれれば、それでいいというのが、昨日のテーマでした。
「あのときもっと受けとっていれば…」とか言って後悔するのは、自分責めの一種に他なりません。
自分が受けとれたときが、その愛の受けとるタイミングだったのでしょう。
そして、愛を与えた方から見てみても、その愛が純粋であればあるほど、相手が受けとったかどうかなんて、気にならないものです。
「与えさせてくれて、ありがとう!」という気持ちだけなんですよね。
だからというわけでもないのですが、愛を受けとるときに、後悔も遠慮もいらないんです。
昨日の記事では、そんなテーマをお伝えしました。
2.問題が教えてくれる愛のありか
さて、こうした愛を受けとるタイミングですが、その一つに「問題を抱えたとき」というものがあります。
生きていれば、さまざまな問題に出会います。
パートナーシップの問題、お金の問題、仕事の問題、親との関係、あるいは子育ての問題…
カウンセリングでも、実にさまざまな問題についてのお話を伺います。
どうしても、こうした問題の渦中にいるときは、「どうしたらこの問題を解決できるのか」という視点だけに集中してしまうのです。
けれども、問題はただの厄介者というわけでは、ありません。
問題が教えてくれるものもまた、あるのです。
先日の記事で、「愛を受けとるとき、人生が変わる」というテーマでお伝えしましたが、逆から見れば、人生が変わる時って、愛を受けとるときなんですよね。
さまざまな問題は、「ここに愛があるよ」と、教えてくれていたりします。
それは、問題に出会わないと、気づけなかったことなのかもしれません。
3.問題のかたちと、愛のかたち
さまざまな問題、と書きましたが、何を問題と感じるかは、その人それぞれです。
同じような状況であっても、それを問題と感じる人もいれば、そうでない人もいる。
何をもって問題とするかは、その人が何を大切にしているかと同義であり、その人のパーソナリティや本質と深くかかわっているものです。
これは、私がカウンセリングのなかでも大切にしている見方であり、「問題があるから、よくない」とか、「問題をなくせば」「問題を解決すれば」とは、あまり考えないことが多いものです。
確かに、感じている生きづらさや、苦しさを、癒着や罪悪感、あるいは無価値感といったものに原因を求めることもできます。
けれども、それを掘り下げていくと、見えてくるのはその人の本質的な愛のかたちだったりするのです。
だから、問題が教えてくれるのは、その人の欠点などではなく、むしろ才能であり、愛の在りかなんです。
問題の渦中にいるときは、まったくそうは思えないものですけれどね笑
しかし、問題のなかにいるときにでも、そうとらえることで、見えてくるものが変わるものです。
「この問題が、私が見てこなかった才能を教えてくれるとしたら。それは、どんな才能なんだろう」
「この問題は、私にどんな愛を受けとりなさいと教えてくれているのだろう?それは、誰からの、どんな愛なのだろう」
そう問いかけてみると、少し見えてくるものが変わっていきます。
私たちが抱える問題は、実にたくさんのことを教えてくれるのです。

今日は、問題は、「もっと愛を受けとりなさい」と教えてくれる、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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