大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

意地を捨てて幸せを選ぶ、ということ。

癒しが進むと、問題や状況が何一つ変わっていなくても、笑顔になったり幸せを感じることができるようになります。

それは、意地やプライドを捨てて自分の幸せを選んでいるといえるのでしょう。

1.最高の癒しは「忘れること」

先日の記事では、最高の癒しは「忘れること」、というテーマでお伝えしました。

癒されると、問題が問題でなくなってしまう。 - 大嵜直人のブログ

自分を変えるとは、というお話からの流れでした。

何か問題に出くわしたり、生きづらさを感じたりすると、自分を変えなくては、という想いに駆られることがあります。

ただ、そこで「いまの自分」を否定して変わろうとすると、なかなかうまくいかないものです。

自己否定をガソリンにして走ってしまうと、その変わるプロセスはしんどいものですし、何か変わったとしても、その変わった自分をまた否定してしまったりします。

それよりも、「いまの自分」を受け入れ、許し、愛していくこと。

もし、いまの自分が本来の自分から離れてしまったとして、そうやって生きざるを得なかっただけだと、受け入れていくこと。

言ってみれば、自分自身を癒していくことが、真の意味で自分を変えていくことといえます。

「癒し」という言葉はよく使われますが、心理的な意味では、ものごとの見方やとらえ方がポジティブに変わることを指します。

そうした意味での「癒し」を経ると、問題が問題でなくなったりします。

そのことに気を煩わせる時間が少なくなっていき、その問題があったことすら忘れてしまう。

「最高の癒しとは、忘却である」とは、よく言われる金言です。

これ、状況が変わっていなくても、そうなることは可能なんですよね。

2.おバカになる、負けを認める

癒しが進むと、状況が変わっていなくても、問題が何も解決していなくても、それが気にならなくなる。

もっと進むと、同じ状況であっても、笑っている時間があるし、なんか幸せを感じられる。

「何も変わっていなのに、ひょっとして私はバカにでもなったんじゃないか…?」

そんな風に感じることすら、あるかもしれません。

でも、そうなんですよね。

「でも、こんなことされて、彼を許すなんてバカじゃないの?」

「だって、ここで折れたら、損してしまう」

「相手を認めたら、負けたみたいになっちゃう」

癒しが進んでいくなかで、そんな疑問が浮かぶかもしれません。

でも、それでいいんです。

理で判断しても、苦しくなるだけです。

おバカになる。

負けを認める。

そうしたことが、癒しのなかでは必要になってきます。

その「でも」「だって」を吞み込んだ先に、見えてくるものがあります。

3.それでも、幸せでいる

許すのも、受け入れるのも、愛するのも、無理にするものではありません。

無理やりに「そうしよう」としても、心が反発して苦しくなるだけです。

ただ、問題に苦しんで、もがいているうちに、「そのとき」はやってきます。

おバカになると表現してもいいでしょうし、負けを認めると言ってもいいかと思います。

ずっと怒り続けるのも、ずっと恨み続けるのも、ずっと悩み続けるのも、できなくなる瞬間があるんですよね。

それって、ある種の「気を抜いた」瞬間に、多いのかもしれません。

「あ、なんか、もういいや」

「これでいいんだな」

それは、悪い意味でのあきらめではありません。

意地やプライドといったものを捨てて、自分の幸せを選んだ瞬間です。

バカでいい。

負けていい。

それでも、幸せでいる。

そんな風になれるんですよね。

ちょっと抽象的過ぎますでしょうか。

でも、ほんとなんですよね。

問題の解決って、自分の思い通りに現実を変えることではなく、そこにある幸せを自分が選ぶことなんです。

そして、それは誰もが必ず選べるものです。

今日は、意地を捨てて幸せを選ぶ、というテーマでお伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

〇大嵜直人のカウンセリングの詳細・お申込みはこちらからどうぞ。

※ただいま6月度の個人カウンセリングを募集中となります。

〇カウンセリングのご感想のまとめはこちら。