大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

「断酒」と「それから」。

先日、ある方とお話している中で、「そういえば最近、断酒について書いてないですね」というお話があったので、久しぶりにお酒のことについて書いてみたいと思います。

自分のブログを検索して振り返ってみると、断酒をはじめたのが2018年の11月だったようです。

そこから7年弱(!)が経過していると思うと、時の流れの速さを感じずにはいられません。

厳密言うと、完全な「断酒」ではなく、友人の結婚式やお世話になった方が退職される慰労会など、「ハレ」の場で何度かお酒を口にしたことがありました。

ただ、そこで「お酒って、やっぱり美味しいなぁ」とは思いましたが、習慣としての飲酒は復活しませんでした。

なので、「ほぼ断酒」くらいなのでしょう。

けれど、ほとんど飲まないですし、お酒から離れたのは間違いありません。

 

飲まないのが普通になると、なんだか特別感もなく、淡々としているというのが、実際のところでしょうか。

いいことといえば、「健康!」と言いたいところですが、お酒をやめてからは、食べる方に熱心になってしまいまして笑、健康診断の結果に怒られたりしておりました。

それで、家の近くのスポーツセンターで身体を動かすようにもなりました。

ただ、総体的に見れば、お酒を飲んでいた時よりも健康なんでしょうね。

何より、二日酔いがないですから笑

それだけでも、健康な日が多いのは確かです。

 

周りでもお酒を楽しんでいる方を見ると、うらやましくも思ったりします。

やっぱり、歳を重ねるごとに、お酒を楽しむのも「体力」だな、と思うのです。

まあ、アルコールって、身体にとっては毒ですからね笑

それを分解して楽しむのにも、体力が要るよなぁ、と思うわけです。

その「体力」って、やっぱり人それぞれなわけです。

そして、自分にとっての「体力」を知るというか、分相応を知るというのは、やはり大切なんですよね。

ここでもまた、「自分を知る」ということなんでしょうか。

お酒が楽しめたらいいなぁと思いつつも、それもまた自分、というある種の「あきらめ」を持っているような感じでしょうか。

そのあきらめは、悪い意味でもなく、とてもポジティブなものではあるのですが。

 

そういえば、20代のころ、楽器を習っていた先生が「40代になると、いろんなことを選ばないといけなくなる。選ぶとは、持っているものを整理していくということでもある」と仰っていました。

選ぶ、整理するとは、「手放し」と同じような意味なのでしょう。

そういった意味では、「断酒」は、私にとってとても大きな「手放し」だったようです。

「手放すと、もっと大きなものが入ってくる」と言われたりします。

お酒を手放したことで、手に入ってくるもの。

それは、これから入ってくるのでしょうか。

それとも、もうすでに満たされているのでしょうか。

それを考えながら、断酒生活を続けてみたいと思うのです。