大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

私の周りに嫌いな人ばかりがあらわれる意味。

嫌いな人が自分の周りに現れるとき。

それは、自分にとって癒しが進むタイミングであることを、教えてくれるものです。

1.わざわざ悪役を演じてくれる人たち

昨日の記事では、わざわざ悪役を演じてくれる人たち、というテーマでお伝えしました。

「シャドウ」は、わざわざ嫌われ役を演じてくれている人たちである。 - 大嵜直人のブログ

「シャドウ」の心理からのお話でした。

自分が禁止していたり、抑圧していたりしている要素を見せてくれる存在を、「シャドウ」と呼びます。

遅刻厳禁!という自分の中のルールを持っている人は、遅刻してくる人に対して強く嫌悪感を抱くでしょうし、「人前で感情を出してはいけない」と思っている人にとっては、感情豊かに表現する人は苦手に感じます。

弱音を吐くことを禁止している人は、すぐにネガティブな弱音を言う人に、強い嫌悪感を感じます。

こうした存在が「シャドウ」ですが、それは職場の同僚であったり、友だちであったり、あるいはパートナーだったりします。

こうした「シャドウ」が持っている要素を目にすると、「うわ、絶対に受け入れられねぇ」と感じますし、「絶対コイツみたいになりたくない」と思ったりもするものです。

けれども、先ほどお書きした通り、「シャドウ」とは、私たちの抑圧している部分、自分が嫌って隠してしまった部分を教えてくれる、貴重な存在なんですよね。

そうした抑圧した部分が強ければ強いほど、生きることに制約がかかり、すごく生きづらくなりますし、疲れてしまいます。

たとえば、小学校の帰り道で、「道路や横断歩道に描かれた白い線を踏まずに帰る」みたいな遊びを私はよくやっていたのですが(みなさん、やりますよね?笑)、それをしているとただ歩くことだけに、ものすごく注意力やエネルギーを取られます。

で、ようやく自宅に帰って、「あー、ようやく終わったー」ってなるんです。

何かを禁止したり抑圧したりすることって、こんな状態なんですよね。

こうした部分を受け入れ、許し、愛していくことができると、その生きづらさが解消していくものです。

「シャドウ」は、「あんた、こんなにも抑圧してる部分がありますぜ、なんとかした方がいいですぜ」と教えてくれる存在なんですよね。

言ってみれば「シャドウ」とは、わざわざボランティアで悪役を演じて、私たちにサインを送ってくれている、ありがたい存在といるのでしょう、という視点を昨日はお伝えしました。

2.「シャドウ」があらわれる意味

さて、今日はこうしたありがたい?存在である「シャドウ」が、自分の前にあらわれる意味について、考えてみたいと思います。

「もう、なんでこんなイヤな奴ばかり、私の周りに現れるんだ!」

みたいに思ってしまうことがあったら、参考にしていただきたい視点です。

もちろん、自分に対して嫌がらせをしてきたり、何らかの攻撃をしてくるような場合は、その相手やその場所から離れた方がいいのでしょう。

自分を傷つける、自分をないがしろにする相手と一緒にいること、そうした場所に自分の身を置くことは、自分いじめだと言えるのでしょうから。

そうした相手や場所から距離を置く、時には逃げることは、とても大切な選択肢です。

けれども、そうではなくて、その相手に対して自分が嫌悪感を抱いているだけの場合は、少し自分の内面と向き合ってみる必要がありそうです。

「シャドウ」が現れる意味って、ここなんですよね。

決して、ネガティブなものではないんです。

むしろ、自分が抑圧し、禁止してきたことと向き合うタイミングが来たよ、と教えてくれるものです。

もっと言うならば、その抑圧したり、禁止したりするに至るには、何らかの痛みや傷があるものです。

そうした痛みを、癒すことのできるタイミングになりましたよと、「シャドウ」は教えてくれるのです。

3.抑圧や禁止に至るには、傷があり愛がある

「シャドウ」が教えてくれるのは、「もうそろそろ、その傷や痛みを癒せますよ」ということです。

「シャドウ」が見せてくれる要素は、私たち自身が抑圧し、禁止している要素です。

なぜ、抑圧したり禁止したりするに至ったのかといえば、そこには痛みや傷ついた経験があるものです。

先ほどの「弱音を吐くことを禁止している」という例でいえば、過去のどこかで、その弱音を吐く人との関わりやできごとがあったのでしょう。

そうでなければ、「誰だって、弱音くらい吐くときもあるよね」と流せるでしょうから。

たとえば、自分が小さいころから、お母さんが弱音を吐いたり、愚痴を聞かせてきた。

自分も学校であったことや、感じたことを話したかったのに、いつもそうした弱音や愚痴を聞く側になっていた。

そこから、弱音や愚痴を吐くことが大嫌いになったし、自分もそうしないようにしてきた。

…みたいな経験があったりするものです。

こうしたできごとや、そのときの相手と向き合い、許すことのできるタイミングになりましたよ、と教えてくれるのが「シャドウ」なんですよね。

上の場合で言えば、お母さんと向き合い、許し、そして何より、そのお母さんを笑顔にしようとしてきた、自分自身の愛とつながること。

それができる時期が訪れましたよ、と「シャドウ」は教えてくれているのです。

だから、自分の周りに嫌いな人があらわれるときは、決して悪いことではないんです。

今日は、私の周りに嫌いな人ばかりがあらわれる意味、というテーマでお伝えしました。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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