私たちは、自分のなかにあるものしか、見ることができません。
周りにイヤな人がいたら、それは自分のなかにもその要素があるのです。
1.「シャドウ」が生まれるわけ
昨日の記事では、「シャドウ」が生まれるわけ、というテーマでお伝えしました。
「シャドウ」が生まれるには、その原因となった人やできごとがある。 - 大嵜直人のブログ
「シャドウ」の心理のテーマからのお話でした。
私たちは、自分の心の内にあるものを、外の世界に映し出します。
「投影」と呼ばれる心理ですが、寂しければその寂しさを外の世界に映し出しますし、また過去に出会った人の記憶や印象を、目の前の人に重ねて見たりします。
これは、私たちが嫌っている自分の部分だったり、隠そうとしている自分もまた、同じなんですよね。
うまく隠したように思っていても、それを外の世界に映し出してしまうものです。
それは、「どうしても許せない人」や、「イヤでたまらない人」になって現れるのです。
これが、「シャドウ」です。
こうした「シャドウ」は、自分のなかに抑圧してきた部分や、忌み嫌ってきた部分を見せてくれるものであり、それゆえに、「シャドウ」と向き合い、受け入れていくことは、私たち自身を許していくことでもあります。
昨日の記事では、この「シャドウ」には、それが生まれる原因となるできごとやものがたりがあることをお伝えしました。
「自由気ままで、わがままな人」に激しく嫌悪感を感じるのであれば、自分のなかのそうした部分を否定されたり、怒られたりしたような経験をしたことで、それを抑圧したり、隠したりしてしまう。
そうしたできごとをたどり、その自分や、周りの人を許していくこと。
それが、「シャドウ」と向き合うことである、とお伝えしました。
2.「シャドウ」を受け入れる、ということ
さて、こうした「シャドウ」のルーツをたどることは、「シャドウ」を受け入れるためには、非常に有効なのです。
「シャドウ」を受け入れ、許すことが大切とわかってはいても、なかなか「嫌いな人を受け入れる、許す」ことはハードルが高いものです。
いきなり「シャドウ」を許そう、とするのではなく、その「シャドウ」が生まれたルーツと向き合ってみる。
そのステップを踏むことが、一見遠回りのように見えて、とても有効なんです。
流れとしては、こんな感じでしょうか。
- ものすごく嫌いな人が現れる
- その人のどんな部分が嫌いなのかをリストアップしてみる
- その部分が自分のなかにないか、考えてみる
- なぜ、それを嫌いになったのか、そのできごとがないか考えてみる
- そのできごと出てくる人を、感情的に理解してみる
書くのは簡単ですね笑
ただ実際にやってみようとすると、なかなか難しいかもしれません。
まずひっかかるのが、3の「嫌っている部分が自分のなかにないか?」というところでしょうか。
絶対にない!と言いたいとこですもんね笑
3.あなたはわたし、わたしはあなた
でも、そうなんですよね。
「嫌っている人」って、自分のなかにその部分がなければ、それに気づかないんです。
冒頭にも書きましたが、「投影」の心理から見ると、そうなんです。
逆のパターンで考えた方が、分かりやすいかもしれません。
「あの人、ほんと気遣いができて、やさしい人だよね」
と感じるとき、それは「気遣い」「やさしさ」に気づかないんですよね。
そうした「気遣い」をされても、分からない人もいるわけですから。
自分のなかに、それらの要素があるからこそ、気づくことができます。
自分にとってのイヤな人もまた、同じです。
あまり認めたくはないですが、自分の中にその要素があるからこそ、嫌いもするし、否定したくもなるわけです。
そういった意味では、
「あなたはわたし、わたしはあなた」
なのでしょう。
ものすごく抵抗も出ますし、イヤですけれどね笑
でもそれは、「シャドウ」と向き合う中で、大切な見方なのです。

今日は、シャドウと投影の心理について、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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