「手放し」のプロセスが進むと、いろんな感覚が出てくるものです。
「寂しさ」はその代表格ですが、その他にも、「やることがなくなった」「夜が長く感じる」というものもあります。
いずれにしても、それらを急にどうこうしようとせず、そのままでいることが大切なのです。
1.「手放し」のプロセスで感じる寂しさ
昨日の記事では、「手放し」のプロセスで感じる寂しさ、というテーマでお伝えしました。
「手放し」のプロセスで「寂しさ」を感じたら、それは順調な証。 - 大嵜直人のブログ
「執着」と「手放し」のテーマですね。
何かに執着しているとき、私たちは不自由さと苦しさを感じます。
執着している相手や対象しか、選択肢がないという状態が、その苦しさの源泉です。
視野が狭くなり、その対象しか見れていない状態ですね。
こうした「執着」を癒してくれるのが、「手放し」です。
その字の通り、握った手をそっと放すように、対象への執着をゆるめていく心のはたらきを指します。
この「手放し」のプロセスにおいて、どこか「寂しさ」を感じることがある、というのが昨日のテーマでした。
あるいは、手持ち無沙汰だったり、禁煙したときの口寂しさのような、そんな感覚も、それに近いのでしょう。
その「寂しさ」は、ずっと執着していた相手との距離が開いた分、それまでとは違う居心地の悪さを感じるものであり、プロセスとしては順調であるがゆえに、感じるものです。
だから、「手放し」のプロセスのなかで、寂しさや手持ち無沙汰を感じるときは、そのプロセスが順調に進んでいると言っていいのでしょう。
昨日の記事では、そんなテーマでお伝えしました。
2.やることがなくなる、夜が長く感じる
さて、こうした「手放し」のプロセスで感じる「寂しさ」に似た感覚に、「やることがなくなったように感じる」、「夜が長く感じる」というものがあります。
執着しているときって、そこに意識がずっと向いているので、忙しいんですよね。
ずっと頭が働いていて、その執着のために何かをしないといけない、それに急き立てられているような感覚。
それが、少しその対象や相手との距離が適切に空いてくると、意識を向ける時間が減ってくるんですよね。
すると、自分がやらなければいけないと感じることもまた、少なくなっていきます。
そうすると、なんだか急にヒマになってしまったかのように感じるわけです。
また、「夜が長く感じる」というのも、手放しのプロセスではよくあります。
執着して、相手やその対象のことばかり考えてしまうのって、夜の方が多いものです。
日中は、多かれ少なかれ、仕事だったり、家事だったり、やることがありますから、そこに意識が向く分、執着する時間は夜に比べると少ないんですよね。
けれども、一日のすることが終わってしまう夜になると、どうしても意識がそちらに向いてしまうことが多いものです。
ところが、手放しが進んでくると、こうした「夜の習慣」が薄れてくるので、「あれ?なんだか夜が長いぞ?」というような感覚に陥ることもあります。
手持無沙汰で「夜が長く感じる」というのも、手放しのプロセスが進んできたサインかもしれません。
3.何かを入れようとせず、ただ空っぽでいる
こうした「やることがない」「夜が長い」と感じたとき、急にそれを解消しようとしないことが大切です。
昨日も少し書きましたが、その感覚を忘れようとして、新しい何かに執着してしまうこともありますから。
また、ずっと執着していた分、心身の疲れも溜まっている可能性があります。
だから、手放しのプロセスで暇になってきたと感じたときは、急にそれをどうこうしようとしない方がいいんです。
ただ、暇でいる。
ただ、寂しいままでいる。
ただ、やることがなくて手持ち無沙汰でいる。
それで、いいんです。
その空っぽになったところに、何かは入ってくるのですが、それはしかるべきタイミングで、勝手に入ってくるのです。
それは、執着を手放した、新しい自分にとってふさわしいものなのでしょう。
だから、手放しのプロセスの中では、何もせず、空っぽでいることが、大切な時期があるのでしょう。
寂しさや、手持無沙汰を、どうこうしようとしないことです。
それは、次のプロセスへの、大切な準備をしている感覚なのでしょうから。

今日は、「手放し」が進むと出てくる感覚、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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