自分が嫌っている要素は、どうしても隠しておきたくなります。
けれども、それは強がりであり、真実の強さではありません。
真の強さとは、許しのなかにあります。
1.「シャドウ」を受け入れるプロセス
昨日の記事では、「シャドウ」を受け入れるプロセス、というテーマでお伝えしました。
「シャドウ」を受け入れるとは、どういったプロセスか。 - 大嵜直人のブログ
苦手な人や嫌いな人を、「シャドウ」と呼びます。
「シャドウ」とは、生きられなかったもう一人の自分と言われるように、自分が抑圧してしまっている感情や、諦めてしまった夢や目標を示唆してくれるものです。
自分が禁止していることを、目の前でされるわけですから、すごくムカつくし、嫌悪感をバシバシ覚えるわけです。
お医者さんから大好きなお酒を止められて禁酒しているのに、酒場でグビグビ美味しそうにジョッキを傾ける人を見たら、ムカつきますよね笑
それと、同じようなものです。
「シャドウ」は、抑圧してきた自分を周りに投影しているものであり、それだけに嫌悪感もまた強くなります。
こうしたイヤな相手が、実は自分自身の一部を持っていると認めるのは、非常に勇気が要るものです。
誰だって、嫌いなあの人が自分の一部だなんて、認めたくないですもんね笑
しかし、「シャドウ」を受け入れることは、その報酬もまた大きく、嫌っている要素の裏側にある長所や魅力と出会うことができますし、抑圧してきた部分を解放できただけ、楽に生きられるようになります。
昨日は、こうした「シャドウ」を受け入れる具体的なプロセスについて、お伝えしました。
「シャドウ」が生まれるには、何からのできごと、物語、そしてその相手が存在するものです。
そうしたできごとや相手を、「感情的に」理解しようとすることが、「シャドウ」を受け入れるポイントでした。
これは、許しのプロセスと同じですね。
正誤善悪の判断をいったん置いておいて、「感情的に」相手を理解すること。
そうすることで、ずいぶんと見えてくるものが変わるものです。
昨日の記事では、そんな「シャドウ」を受け入れるプロセスについて、お伝えしました。
2.「隠す」ほどに「弱い」
さて、今日はこうした「シャドウ」の要素について、もう少し掘り下げてみたいと思います。
「シャドウ」とは、自分が嫌っている要素であり、それゆえに自分のなかにそれがあることを認めたくないものですし、それを隠したくなります。
その要素を嫌うようになるできごと、物語があるというのは、昨日の記事でもお書きした通りです。
ほんとうは、はしゃいだり、大声で笑ったり、身体を目いっぱい動かすのが好きなのに、両親の躾が厳しかったために、穏やかで物静かなふるまいをするようになったり。
母親がいつも愚痴ばっかり言っていて、それをいつも聞かされていたので、人前で弱音を吐いたり、だれかのせいにするような言動をする人に、ものすごく嫌悪感を抱くし、自分は絶対に弱音を吐かないようにしたり。
小さいころ、周りに馴染めずに泣いてばかりいたため、そんな自分を嫌い、人に頼らずに強くなろうと生きてきた、とか。
そうした物語によって、「シャドウ」は生まれます。
そして、自分のなかにあるその「シャドウ」の要素を、隠そうとするわけです。
けれども、こうした自分の弱さなりを隠して、強くなろうとすることは、一見成功するのですが、それが長くなるほどにしんどくなります。
なぜなら、それは強がりだからです。
人は、何かを隠そうとするほどに、それは弱いのかもしれません。
ある程度までは隠して我慢できるのですが、あるとき「あぁ、もう強がっているの、しんどいな」となったりするのです。
3.真実の強さは、許しのなかに
強がるのをやめて、自分の弱さ、醜さといった、嫌っている部分を表現できること、それを外に見せられることが、実は真の強さだったりします。
それは、よく言われることですよね。
しかし、ここで注意したいのは、何もそうした弱さをそのまま外に出したり、周りの人にぶつけたりするのではない、という点です。
それは、「自分でなんともできないから、あなたなんとかして」という、依存の一種なんですよね。
それをどう受け取るかは、相手次第なんです。
それを受け入れてくれる人もいれば、逆に受けれてくれない人も、いるかもしれません。
だから、さらけ出した自分の姿が相手に受け入れられないと、すごく傷ついたりするし、相手が受け入れてくれたら、もっと受け入れてほしい、という欲求を抑えられなくなってどんどん依存していったりします。
ここでいう真の強さとは、そうではないんですよね。
そうした自分の弱さや、嫌っている部分を、まずは自分自身が許し、受け入れ、愛していく必要があります。
真実の強さとは、許しのなかにあるのです。
自分が忌み嫌ってきた要素を、自分が許してあげる。受け入れてあげる。愛してあげる。
そうすることによって、それを隠す必要も、無理に抑え込んでいく必要もなくなってきます。
それを周りに見られることが、徐々に気にならなくなっていきます。
相手が受け入れてくれたら嬉しいし、受けれてくれなくても「それは仕方ないよね」と必要以上に傷つかなくなるのです。
そして不思議なことに、自分が許し、受け入れていくと、周りから受け入れてもらえることが増えてくるものです。
真実の強さとは、許しのなかにあります。
「シャドウ」は、かくもいろんなことを教えてくれますね。

今日は、真実の強さとは、許しのなかにある、というテーマでお伝えしました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
〇大嵜直人のカウンセリングの詳細・お申込みはこちらからどうぞ。
※ただいま8月度の個人カウンセリングを募集中となります。
〇カウンセリングのご感想のまとめはこちら。